「弁護士JP生活保護連載」 第33回記事 令和7年9月16日

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「水も飲ませてもらえない…」数十年ぶりに再会した“86歳母”は「生活保護」を受給し、劣悪な施設に 娘が目の当たりにした“介護虐待”の闇

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「水も飲ませてもらえない…」数十年ぶりに再会した“86歳母”は「生活保護」を受給し、劣悪な施設に 娘が目の当たりにした“介護虐待”の闇

行政書士として長らく生活保護行政に関わってきましたが、今回の役所対応はワースト5に間違いなく入る出来事でした。
この弁護士JP/ヤフーニュース記事の末尾は、「救急搬送されたノリコさんは、今も入院生活を送っています。癌を抱え、残された時間もわずかです。」で終わっています。
しかしながら、記事の納品後、容態が急変し、お亡くなりになられました。

記事の内容、下記も、すべてご遺族様のご了承を得て公開するものです。

生活保護を受けていらしたお母様がご存命で、安心できる施設への転居を願い、動かれていた娘さんと一緒に書いた元原稿を公開します。娘さんが公開を希望された写真も掲載しています。転居費用の却下通知も公開を希望されましたが、福祉事務所名を明らかにすることによる関係各所への影響を回避するため、また組織の自浄作用の機能を願い、福祉事務所名の公開は控えます。
本件は当初より、福祉事務所だけでなく東京都にも直接伝え、命が理不尽に奪われないよう対応を求め続けた事案です。

介護と生活保護
『全盲の高齢者を施設に入れず、一人倉庫で寝かせておけというのですか』

「86歳の母が、施設で『水も飲ませてもらえない』と訴えています。」
娘・優子さん(仮名)から、涙ながらに行政書士に相談がありました。命を守るはずの介護施設で、命の水を奪われる、そんなことが起こり得るのでしょうか。

「ここでは、食事のときも水を飲ませてもらえないの」
全盲のノリコさんは、娘の手を握りしめながら、何度も同じ言葉を繰り返しました。その声は弱々しくも必死で、命の渇きを訴える叫びのようでした。

世間には、こんな声もあります。
「無年金の母親なら、生活保護を受けさせるより子どもが仕送りすべきだ」
「親を扶養するのは当然の孝行だ」
かつて母親の生活保護受給が週刊誌で暴露され、不正受給でもないのに、芸人の息子がテレビで謝罪した一件を覚えている方も多いのではないでしょうか。あのとき、メディアが日本中に生活保護制度への誤解、偏見を拡散させた功罪は大きく、先日、最高裁での国民側の勝訴判決が脚光を浴びた、生活保護費の史上最大幅の削減のきっかけにもなった出来事でした。
家族の形はそれぞれです。介護を担う世代は、就職氷河期の影響で十分な老後資金を蓄えられないまま、定年を迎えようとしている人も少なくありません。

役所、警察、政治家、法テラス、あらゆる機関に手当たり次第に助けを求めていた優子さんもまた、複雑な事情を抱えていました。
父親は事業の失敗で多額の負債を残し、若くして他界。母親は夫の負債を背負い、年金保険料を払う余裕もないまま後期高齢者となりました。貧困ゆえに家庭はネグレクト状態となり、大人になった優子さん自身も両親の借金を背負わされていました。
障害児を抱え、必死に働き続けていたシングルマザーの優子さんのもとに、ある日突然、一報が入ります。
「母親の余命が短い」という知らせでした。
優子さんが数十年ぶりに再会した母ノリコさん(仮名)は、老いて全盲となり、生活保護を受けながら小さくなった背中を見せていました。

施設の部屋に並ぶカラのコップ

行政書士事務所に優子さんが送ってきた写真には、ノリコさんがどれほど水を求めていたかが、はっきりと刻まれていました。
86歳のノリコさんは、生活保護を受けながら千葉県内の介護施設に入所していました。
ほとんど視力を失い、歩行もままならない状態。長年疎遠だった娘・優子さんの顔が見えるのか見えないのか、かすかに涙を浮かべながら、何度も同じ言葉を繰り返します。
「ここでは、食事のときも水を飲ませてもらえないの」
優子さんは施設を訪れるたび、母のためにペットボトルの飲料を持参しました。けれど、次に行くと、必ず飲み物は片付けられているのです。ノリコさんの部屋には、カラのコップだけが残っていました。

「施設で用意された水は、母の手の届かない棚の上に置かれていたんです」
優子さんが何度訴えても、施設は『糖尿病だから水分は控えるようにしている』と繰り返すだけで、主治医の指示には耳を貸しませんでした。面会に行くたび、母は喉の渇きを訴え、優子さんが差し出す水を一気に飲み干します。
さらに、施設では水を制限されるだけでなく歯磨きの支援もなく、目の見えないノリコさんは粘着剤を歯磨き粉と誤用しかけたこともありました。優子さんはその証拠写真を残しています。誤飲すれば命を落とす可能性さえあったのです。

申請直後に起きた「院内感染」

優子さんは、母が生活保護を受給している東京都の福祉事務所(※今年4月から、介護施設入所者は施設所在地ではなく、入所前の居住地の福祉事務所が管轄する「住所地特例」制度に変更)に対して、施設での介護虐待を理由とした、施設転居費用の支給申請を行いました。高齢の母が「水も飲ませてもらえない」と訴える動画も、証拠として提出しました。

しかし、申請をした直後、入所していた施設で院内感染が発生しました。施設からは、感染防止のため施設での受け入れ拒否と、自宅待機を求められます。けれど優子さんは、日中は仕事があり、障害児の子育ても抱えているため、自宅での介護は到底できません。
途方に暮れた優子さんは、勤務先に相談しました。すると、長年の優子さんの真面目な勤務態度も相まって即座に状況を理解した会社は、思いがけない提案をしてくれます。
「会社が倉庫として借りている賃貸物件の一室を、お母さんの仮住まいとして使ってください」
優子さんは涙が出る思いでした。

「職場の皆さんの思いやりがなければ、母は本当に行き場を失っていました」
こうして母ノリコさんは、会社の倉庫の一室で、新たな施設に移れる日を待つ生活を余儀なくされます。優子さんは、施設での介護虐待やケースワーカーの心ない対応について、行政書士に毎晩のようにメールを送付していました。行政書士は、高齢者の命がかかっている重大な人権問題と捉え、福祉事務所止まりにならないよう、東京都生活援護課にも同じ書面を提出し、さらに口頭でも詳しく事情を説明していました。案の定、問題続きだった施設は院内感染も起こした、このままでは母が施設で殺されると取り乱すこともあった優子さんを、冷静になりましょうと励まし続けました。
「詳細を記した書面を提出したのですから、今、虐待の有無や主治医への聞き取りをしているはずです。
施設の院内感染のおかげで今は職場の倉庫に避難できていますし、水分も取れていますから、まずは落ち着きましょう」

行政書士の予想通り、福祉事務所からは、「転居を希望する施設の費用明細を出してください」と求められたため、優子さんはすぐに動きました。これで、大丈夫。
優子さんは少し安堵し、ケースワーカーとも相談しながら、母が安心して余生を過ごせる施設を探し、候補の施設資料を提出。行政書士も「ここまで進めば、あとは費用支給を待つだけです」と優子さんを励ましました。
しかし、想定外のことが起こり始めました。

施設側の主張だけで「虐待なし」とされた現実

すでにノリコさんは、院内感染により施設を退去させられていました。それにもかかわらず、福祉事務所は、施設側の「虐待はない」という主張を根拠に、母本人や主治医への聞き取りも行わないまま、申請を却下したのです。

「信じられません。私は、高齢の目の見えない母が『飲み物を飲ませてもらえない』と訴える動画まで撮って提出しました。面会のたびに、室内に飲み物がないことを私自身も確認しています。それなのに、虐待はないとされたんです」
優子さんは、行政の判断に強い疑問を抱きました。

「インターネットで調べても、高齢者はこまめに水分を摂らないといけないと2日で意識不明になることもあると出てきます。主治医からも水分不足を心配されています。
なのに役所は、主治医に一切の聞き取りもしないまま、『糖尿病だから水分摂取は控えるべき』という医療資格のない施設長の言い分をうのみにしたんです。」

「母の命が尽きる前に…」再申請に懸けた願い

8月18日、優子さんのもとに最初の却下通知が届きました。その翌朝、8月19日には、優子さんは再び福祉事務所に再申請書を提出します。
書面には、初回の申請からの経緯と、母を守るための切実な思いを記しました。
「わずか2週間で、重大な介護虐待が絡む施設移転費の支給申請を却下されたことに、ただただ驚愕しています。人命を優先しない対応に、疑問しかありません」
憲法22条では、居住移転の自由が定められています。介護虐待に限らず、精神的な病を患う生活保護受給者が近隣の騒音被害で症状悪化した場合や、ストーカー被害で転居が必要な場合など、医師等への照会などで正当な理由があれば引越費用は支給されています。

それなのに、施設内感染の影響で自宅待機を命じられ、半月も施設に戻ることはできないと言われている中で、なぜ別の施設への転居費用が出ないのでしょうか。優子さんには、長年疎遠だった母を自宅で介護する余裕はなく、障害児を育てながら働くシングルマザーには限界があります。施設移転費用の支給申請を却下された8月18日の時点でも、86歳の母ノリコさんは、26日までは院内感染のため施設に戻れないと告げられ、職場の倉庫の一室で寝泊まりしていたのです。
「高齢で余命宣告を受けた母が、こんな環境で過ごさなければならないなんて、人権侵害そのものです」
優子さんは、ずさんな衛生環境や介護虐待が続く施設に母を戻すのではなく、安心して暮らせる新しい施設で余生を過ごさせたいと、福祉事務所に転居希望先の資料も提出していました。しかし提出からわずか1週間足らずで、母の主治医への聞き取りもされないまま、結論だけが急がれた状況に疑問を募らせました。ノリコさんのケースは、『病気療養上、著しく環境条件が悪いと認められる場合』に該当し、生活保護法に基づいて引越費用の支給は当然のはずでした。

目の見えない高齢者に水を飲ませない施設に、母を戻せというのか

優子さんは行政書士に、何度も切実なメールを送りました。
「今の施設に戻すということは、殺人未遂をした者の元へ戻す、ということです。私は人間として、それはできません」
この訴えは、決して感情論ではなく、客観的事実に基づいています。優子さんは、当初は施設長の人柄を信じて疑いませんでした。
「早くサインしないと空きが埋まりますよ」と言われ、善意を信じて手続きを済ませたのです。

ところが、母が入所した途端、次々と不可解な制限に直面します。
•面会は1回30分まで。
•月に2回しか来ない主治医からの事前許可がないと外出はできない
•水分補給がないのに、点滴もなし
入所前の説明では、「面会は自由で、外出もできる、家族が来れば宿泊もできる」と案内されていました。余命を宣告されている母と、仕事以外の時間は、可能な限り傍にいてあげたいと思っていた優子さんにとって、あまりに大きな落差でした。

福祉の仮面を被った「制度的暴力」

施設からは「転居に必要な物品を揃えてほしい」と言われ、優子さんは十数年も疎遠だった母のために冷蔵庫まで購入、設置しました。
しかし、その直後、施設長は役所にこう通報したのです。
「家族から経済援助があるので、保護廃止すべきです」

こうした通報を繰り返す一方で、施設長は1500万円の高級車で通勤していました。生活保護費という公費がどこに消えていくのか、優子さんには冷徹な構造が見えてきました。さらに、ケースワーカーからは衝撃的な要求が続きました。

「娘さんから経済援助があるので、食事は1日2回までしか支給しません」優子さんは唖然としました。生活保護は本来、最低限の生活を保障する制度であるはずです。
それなのに、この制度が「守るため」ではなく「縛りつけるため」に使われている現実がありました。

ケースワーカーから投げつけられた信じがたい発言は他にもあります。
•「亡くなっても連絡しません」
•「この部屋は物品が豊かなので、家族が扶養できるのでは?」
•「散髪代や不足分の食費は家族が払ってください」
•「共同墓地に入れるので心配はいりません」
優子さんは次第に、施設と役所の間に何らかの癒着があるのではないかと感じ始めます。

ケースワーカーからは、昨今社会問題になっている「施設紹介会社」を押し付けられたこともありました。
入所前と入所後で話はまったく違い、施設長や職員の態度も一変します。難病や癌末期の入居者は「回転が早い」ため、入所時の高額な初期費用を生活保護制度から受け取ることができる・・・優子さんには、そんな疑念すら芽生えました。
「自然に寿命を迎えることは受け入れられます。でも、母を殺さないでほしい」
優子さんは行政書士にそう訴え続けました。

缶ジュースすら奪われる母

ほぼ全盲のノリコさんが、壁づたいに伝い歩きをして、やっとの思いで缶ジュースを手に取り、開けて飲もうとしたときのこと。
施設はケースワーカーに連絡し、こう伝えました。
「ジュースを撤去してください」
行政書士がケースワーカーに電話で尋ねました。
「主治医から『水分補給も点滴も不要』と確認したのですか?」
しかし、返答はこうでした。
「医師には確認していません。」
さらに、若い男性ケースワーカーは、優子さんにこう説明します。

「施設が水分を与えないのは、娘さんの誤解です。お母さんは糖尿病だから水分を与えられないと施設は言っているんです」
医療資格のない職員の発言に、優子さんは反論します。
「主治医からは『食事もほとんど摂れず栄養失調ぎみだから、食べたい飲みたいものを与えるように』と指示されています」
それでも、役所は主治医への確認を行わないまま、悲劇は起こりました。

「施設への転居費用不支給」が招いた、倉庫での孤独な苦しみ
•8月18日 申請が却下され、優子さんと行政書士で本記事の骨子をまとめる
•8月19日 再申請書を提出
•8月20日 「今すぐ全盲の高齢者を倉庫から安全な施設に移すべき」と直談判
•8月21日 容体が急変、救急搬送
優子さんが21日朝出勤後、職場の倉庫の一室で一人寝泊まりしていた母の様子を見に行ったところ、ノリコさんは「苦しい、苦しい」と訴え、救急搬送されました。そのまま入院となりました。

「生きていていいんだよ」と制度が言える日は

優子さんは、もともと過酷な環境で育ちました。ネグレクト、暴力、両親の別居。幼い頃から孤独と向き合ってきました。
そんな優子さんの家にある日、近所に住む小学生の女の子と中学生の男の子が助けを求めてきました。

母親は家を失踪し、父親は薬物中毒で家の中で包丁を振り回していたといいます。
水も電気も止まった家で暮らしていた兄妹を、優子さんは自宅に保護しました。
「兄妹が『ご飯ください』と訪ねてきたのが始まりでした。料理を作って、たくさん食べさせて、児童相談所に保護されるまで、うちで一緒に暮らしました。幸せな時間でした」
他人を救ってきた優子さんが、母を救おうと必死に訴えたのに、その願いは、国行政に受け止めてもらえませんでした。
「人生で困っている人に出会うたび、助けてきました。せめて、母には喉の渇きに苦しまない場所で最期を迎えてほしいんです」

施設代は公費で支払われているにもかかわらず、施設から締め出され、優子さんの勤務先の倉庫で一人ぼっちで仮住まいを余儀なくされていた86歳のノリコさんは、娘さんが来るまで一人で苦しみ救急搬送され、今は病院に入院しています。癌を抱え、残された時間もわずかです。
「人間として、母に最低限の暮らしをさせてあげたいだけです。それが、そんなに難しいことなんでしょうか?」
主治医は「余命が短いので、食べたいもの、飲みたいものを与えてください」と指示していました。それにもかかわらず、施設は真逆の報告をケースワーカーに行い、ケースワーカーは主治医への確認すら行わないまま、「虐待なし」と結論づけました。行政書士が福祉事務所に電話しても、同じケースワーカーばかりが対応し、上司は「会議中です」の一点張り。

東京都に問い合わせても、「福祉事務所に調査するよう伝えました」と繰り返すだけで、詳細は確認していないとのことでした。そして、悲劇は起きたのです。
水分を与えられず、渇きに苦しむ高齢の母を、働きながら障害児を育てる優子さんは、見過ごすしかなかったのでしょうか。
「国民の命のとりで」であるはずの生活保護行政は、ただ機械的に書類を処理するのではなく、「命」と正面から向き合う責任があります。
母が安心して水を飲める施設で、最期を迎えられるように。優子さんの願いは、それだけでした。ノリコさんは、現在も救急搬送された病院に入院しています。院内感染を起こした介護施設に戻れず、別の施設への転居費用の申請を却下にされ、一人倉庫で苦しみ、救急搬送されました。
この異常を「虐待ではない」と片づける社会に、未来はあるのでしょうか。