「弁護士JP生活保護連載」 第49回記事 令和8年3月2日

弁護士JPニュース
介護で生活破綻し「生活保護」申請に追い込まれる“低年金高齢者”…各地で起きている「過酷な事態」とは

Yahooニュース
介護で生活破綻し「生活保護」申請に追い込まれる“低年金高齢者”…各地で起きている「過酷な事態」とは

こちらのページでは、Yahoo!ニュースにて配信された記事の「編集前原稿」をそのまま掲載しております。
広く大衆に向けたニュース記事では、フラットな視点から冷静に事実を伝えることが求められます。しかし、実際の生活保護の現場で起きている不公平、矛盾、「そこにある法律が機能していない現実」を肌身で感じる行政書士として到底看過できない行政の不作為に対する、強い憤りがあります。

現場のリアルな実態をご一読ください。

低年金高齢者を襲う介護と施設の問題〜善意に依存する公的扶助の限界

少ない年金でも、在宅ではなんとか生活できていた高齢者が、介護が必要になった途端に生活が破綻するケースが増えています 。家庭菜園での自炊など、工夫次第で節約できる自宅での暮らしと違い、民間の介護施設に入所すれば、食費・光熱費込みで通常月10万円以上の費用が否応なしにかかります。国民年金だけでは、到底賄いきれないのが現実です 。

これまで、ギリギリまで自助、あるいは家族や周囲の助けによる「共助」で生きてきた人が、いよいよ最後の「いのちのとりで」である生活保護、すなわち公助を利用しようとしたとき、無情にも申請却下されることがあります。それも、「他県ではスムーズに保護が決定する状況」にもかかわらず、不当に却下されるという理不尽な相談が、残念ながら最近あとを絶ちません。

月10万以下の低年金で誰からも経済支援を受けられず、月20万もの請求がある施設に単身入所している。それにもかかわらず保護申請を却下されれば、その人はどうなるのでしょうか。当然、施設代を払えず滞納状態が続くことになります。

国の最高法規であり、あらゆる法律・条令の最上位にある憲法によって「最低限度の文化的な生活を営む権利」が保障されている日本において、そんなに非情な申請却下が現実に存在するとは思えない、と考える方もいるでしょう。

この記事では、日々生活保護行政に携わる行政書士が直面してきた、本来あってはならない現実の問題と、それを踏まえた具体的な対処法と正当な自衛策を紹介します。

世界に類を見ない「東洋の奇跡」を支えた日本人の老後

戦後の日本は、1950年代半ばから1970年代初頭にかけて、年平均約10%という驚異的な経済成長を遂げました。1964年の東京オリンピックを象徴に、新幹線、高速道路などのインフラ整備が進み、家電や自動車産業は世界を席巻しました。「東洋の奇跡」と称され、GNP(国内総生産)が世界第2位になるほどの発展を遂げましたが、その陰には、現代の価値観では考えられないほどの長時間労働や、家族を顧みない「企業戦士」としての働き方が賞賛される社会風潮があったのです。

経済が急成長する一方で、社会保障制度、特に年金制度の整備は後手に回っていました。現在の国民皆年金制度が整ったのは、戦後15年以上が経過した昭和36年のことです。さらに、制度発足当初は任意加入の側面が強く、制度自体が周知されていなかったり、日々の生活で手一杯で保険料を納められない人が多く存在しました。公務員や大企業勤務であれば厚生年金による手厚い保障がありましたが、経済の底辺を支えた町工場の職人や農家、商店主などの多くは国民年金のみ、あるいは未加入のまま働くよりほかありませんでした。また、1985年の改正まで専業主婦の「第3号被保険者」制度もなく、現在のような配偶者との離別や死別の際の保障も不十分な時代が長く続きました。

現在、低年金で生活保護を必要としている方々は、決して怠けていたわけではありません。経済成長の恩恵を十分に受けられない地方や零細企業で最低賃金に近い収入で働き続けた方々や、自営業で国民年金保険料を満額納めてきた場合でも、現在の年金受給額は月額6~7万円に留まってしまうのが現実なのです。

生存権の崩壊

真面目に働き続けてきた高齢者が、人生の終盤ではじめて求めた「公助」という最後の命綱を拒絶され、社会から見捨てられようとしている冷たい現実があります。

無年金・低年金で介護施設に入所している高齢者の多くは、生活保護を利用することでその生存権が守られています。しかし一方で、全く同じように無年金・低年金であり、他者から一切の経済支援がないにもかかわらず、「扶養親族に頼れるはずだ」として、不当に生活保護申請を却下される人たちがいます。その結果、施設代や入院代が払えず滞納状態が続き、「お金を払っていないから」という理由で衛生面や食事といった最低限の生活さえ脅かされたまま、放置されている方々がたしかに存在するのです。

資産も援助もなく、唯一の収入源である年金に対し、施設や病院からの請求の額が上回っていれば、雪だるま方式に滞納額が膨らんでいくのは自明の理。憲法25条が保障する「最低限度の文化的な生活を営む権利」を明らかに侵害しているのは、誰の目にも明らかです。それでもなお、申請却下を続ける福祉事務所が存在します。都道府県に窮状を訴えても「暖簾に腕押し」状態で、法テラスの低報酬で一般に勝ち目が薄いとされる国や行政を相手に闘ってくれる正義の弁護士を見つけることは、容易ではありません。

現場では、赤字状態でも認知症や要介護の高齢者を放り出すわけにもいかず(そんなことをすれば犯罪になってしまいます)、経営状態を脅かされている民間の施設や病院が「お役所の匙加減一つ」で救済されるまで、身を削って踏ん張っています。こうした状況は、国が責任を持つべき困窮者の救済を民間の善意に丸投げしている「行政の不作為」に他なりません。

さらに憤りを禁じ得ないのは、そこにある不条理な格差です。経済状況や年金額、施設代の未払い状況に至るまで、ほぼ同じケースでも、ある地域では一度の申請で滞りなく保護が決定し、別の地域では置き去りにされ続けています。同じ日本という国に住み、同じ「生活保護法」という法律に基づき、無差別平等に審査されるべきはずが、福祉事務所の管轄が違うだけで、見捨てられている命が現にあるのです。ある地域で当然に認められる権利が、別の地域では必死の訴えも虚しく踏みにじられ、高齢者の人生と尊厳を無慈悲に分断しているのが今の日本の姿です。

知っているか、知らないか、一歩の差で決まる天国と地獄

保護決定を勝ち取ったとしても、さらなる制度の落とし穴もあります。70代のススムさん男性は、認知症ではなく意思能力もしっかりしていますが、身体の不自由から介護施設への入所を余儀なくされました。国民年金のみでぎりぎりまで賃貸住宅での一人暮らしを続けていたため貯蓄はなく、家財処分もできないまま、ケアマネージャーが探してくれた介護施設に入所することになりました。民間の施設は、ススムさんの窮状を理解してくれ、敷金も家賃も生活保護決定後の後払いを承諾して、入所させてくれました。

しかし、ようやく保護決定を手にした直後、大阪市内の福祉事務所から非情な通告を受けます。施設と約束していた「敷金」も、以前住んでいた住居の「家財処分代」も、一円も支給できないというのです。

担当の若い男性ケースワーカーはてきぱきと仕事をしており、自己判断ではなく組織としての判断を迅速に仰いでくれました。しかし、それは現実的な解決にはなり得ないものでした。

「現在の制度上、未払いの状態で施設に入所したその日に保護申請をしても、敷金や家財処分代は支給できません。これがもし、施設入所前、もともとの賃貸住宅にいる状態で生活保護申請していれば、これらはすべて支給できたんです。」

ススムさんは「家財処分ができずそのままになっている賃貸住宅に一度戻れば、敷金も家財処分代も支給されるのか」と混乱しましたが、自力で戻ることなど不可能です。どうしろというのでしょうか。ケースワーカーは法テラスでの弁護士相談を勧めましたが、法テラスは電話相談に対応してくれません。施設への出張もしてくれません。ススムさんは、どうすればいいのかわからないまま、今も敷金未払いのまま肩身の狭い状態で施設に留まり、元の家には家財道具が置き去りにされたままになっています。

よく、生活保護受給者は「無敵の人」などと揶揄されますが、現実問題として、生活保護受給者相手に施設側が敷金未払いで訴訟を起こしても、保護費を差し押さえることはできません。行き場のない高齢者を施設から追い出すこともできません。不動産会社も同様に、生活保護受給者がお金がないからと家財道具一式を置き去りにして退去した家の原状回復費を求めたくても、受給者相手に提訴をしても訴訟費用だけが持ち出しになるだけで救済は望めません。泣き寝入りするしかないのです。このように、弱者を公助で適切に救済しなければ、結局そのしわ寄せは国民に跳ね返ってくるのです。

家族がいても活用される成年後見制度

現代の高齢化社会において、かつて機能していた「家族による扶養(共助)」は、核家族化により形骸化しています。地方には就職先が少なく、若者は都市部へ集中せざるを得ません。しかし、首都圏内は高額家賃でとても住めず、郊外から殺人的ラッシュに揉まれ、長時間通勤で疲弊する日々。
物価高で家賃、生活費が家計を圧迫し、低年金で暮らす親元に仕送りをしたり、雨漏りがする実家の屋根の修繕費を工面する余裕はないという嘆きの声が聞こえてきます。自分の生活で精いっぱいの子どもたちは、次第に困窮する親への申し訳なさから実家と疎遠になってしまうことも少なくありません。その結果、認知症になった親を、親族ではなく「職業後見人」などの他人が支えるケースも増えています。

さらに驚くべきことに、自治体から支払われるべき後見報酬を、後見人が自ら受け取るのではなく、高齢者の生活費に補填しているという本末転倒な事態まで起きています 。これは、個人の善意という危うい基盤に依存した、いわば「公的扶助の敗北」とも言える深刻な状況です。

「相談」ではなく「申請」を何度でも

もし、あなたや大切な人が施設代などの支払いに不安を感じていたら、諦める前に知っておいてほしいことがあります。たとえ持ち家があっても、あるいは年金が生活保護基準を少し超えていたとしても、多額の医療費や介護費用がかかっている場合は、保護が適用される可能性が十分にあります。

役所の生活保護窓口で「保護費の受給は難しい」と言われても、そこであきらめないでください。窓口での「相談」にとどめず、正式に「申請」を行えば、福祉事務所は法律に基づき厳正に審査し、その結果を書面で通知する義務が生じます。

また、親族による扶養はあくまで「保護に優先して行われるもの」であり、強制される絶対的な義務ではありません 。親族が調査に協力的でないことだけを理由に申請を退けることは、明らかな法解釈の誤りです。

超高齢社会の日本において、困窮した人を温かく救い上げることは国の責務です。一人で抱え込まず、最寄りの福祉事務所へ何度でも頼ってください。一度申請を却下されても、その後に医療費が増大したり、病状により個室対応が必要になったりと状況が変わって年金で家計が賄えなくなったときは、同じ年金額であっても二度目、三度目の保護申請で救済されることもあります。

困ったときは、その都度、何度でも役所へ「申請」してください。
生きるために頼るべきは、民間の善意ではなく、権利として保障された公的機関なのです。


あつあつ焼きそば


なんと‼唐揚げ鍋


Japanese Fried chicken Nabe


おなじみ名物しらす丼をつくります!


具材


白ご飯の上にかつお節と刻み海苔を載せてしょうゆをかけて


シラスと大葉に最後に生卵を落としたら出来上がり


サバとミニトマト、オリーブオイルとフランスパンで


This is Japanese Nabe mixed with French Style


蒸し鍋


Nabe is beautiful


手作りピザの中に一枚だけ市販のピザ


市販のピザは一枚で満足