「弁護士JP生活保護連載」 第59回記事 令和8年7月20日

「生活保護と車」物議をかもしやすい話題、全国の実例を広く知っていただきたく、記事を書きました。
強調したいことは、「様々な事情で車に乗れなくても、最低生活は保障される」ということです。
※公開のヤフーニュース記事は判例等が中心、元原稿では個別の事例が中心です。読み比べて頂ければ、この国のセーフティーネットの在り方への理解が一層深まることでしょう。

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「車」が必要なのに“保有”認めず…生活保護受給者の「自立」を妨げる“行政の運用実態”に、裁判所が発した“警告”が意味するもの

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「車」が必要なのに“保有”認めず…生活保護受給者の「自立」を妨げる“行政の運用実態”に、裁判所が発した“警告”が意味するもの(弁護士JPニュース)

生活保護下の自動車保有

生活保護制度において、自動車の保有は原則として認められていません。制度を支える原資が国民の税金である以上、資産価値のある物品の保有が制限されるのは一定の合理性はあるでしょう。また、通勤や障害者の通院など、やむを得ない事情がある場合には、個別の必要性を判断して自動車の保有が容認されています。

とはいえ、地方都市など公共交通機関が実質機能していない地域において、保有を広く認める自治体がある一方で、要件を満たしていても頑なに拒絶する自治体もあり、地域格差があるのが実情です。厚労省が法令や通知等で定める車保有の「例外」へのハードルがまるで賽の河原のごとく異常なまでに高くあるいは不透明に設定され、当事者の切実な事情や主治医の診断すら軽視されるケースがみられます。過度な行政裁量によって移動手段を奪われ、苦しみ、日本列島どこにいても安心して暮らせるように制度の改善を願っているセーフティーネット利用者の声を全国各地からお届けします。

就労継続の命綱を断つ行政指導—岐阜県・サエさんの窮状

岐阜県で暮らすサエさん(仮名)は、まだ幼い4人の子どもを抱えながら、極力働いて自立した生活を目指し、懸命に就労を続けてきたシングルマザーです。しかし、彼女の懸命な努力をもってしても就労収入は国の定める最低生活費に満たず、生活保護の申請を行い、すみやかに保護開始決定を受けました。

彼女が生活保護申請時に生業としていた仕事を継続するためには、どうしても自動車の利用が必要でした。週に一度、距離の離れた施設に赴く業務があり、その際には社用車を利用することができず、自己所有の車を用いる必要があったのです。所有している自動車は古く、資産価値もほぼない状態であり、自賠責保険は有効で任意保険にも加入していました。制度上、保有が認められる条件は満たしていました。

しかし、福祉事務所の担当職員からは「車の保有、乗車は基本認められず、次回訪問時にメーターの写真を撮り、車は処分するよう行政指導する」という非情な通告を受けたのです。サエさんは生活保護制度上、原則として車の使用ができないことは理解しており、許可が下りていない状態での運転を控えました。しかし、このままでは仕事を継続することができなくなる恐れがあります。
サエさんは、国の定める最低生活費以上を自力で稼げるようになり、早期に生活保護制度から抜け出すことを視野に入れています。それにもかかわらず、杓子定規な行政指導に従って車を処分してしまえば、現在の就労すら不可能となり、かえって自立が遠のいてしまうでしょう。サエさんは法令に基づいて自動車の保有と利用を認めるよう強く要望し、その可否を必ず書面で通知するよう求めました。働く意欲のある者から、就労の足を取り上げることが、生活保護法の目的である「自立の助長」に本当に合致するのか、現場の運用が問われている事例です。

身体の激痛と共に交通空白地帯で暮らす群馬県・レイヤさんの絶望

地方における移動手段の剥奪は、深刻な身体的障害を抱える人にとっては文字通りの死活問題となります。群馬県で暮らすレイヤさん(仮名・50代)の事例からは、その過酷さが伝わってきます。
レイヤさんは糖尿病の悪化により足が壊死状態となり、歩行が極めて困難な状態にありました。生活保護申請時には、こうした身体的事情が考慮され、ローンも完済済みの古い車の保有と使用が認められていました。買い物には最低でも週2回程度、病院へは痛みが出る都度通わなければなりません。レイヤさんは身体的理由から公共交通機関を利用することができず、そもそも自宅からバス停までの坂道を自力で上っていくことすら不可能な身体です。

過去に通院の際、一度タクシーを利用したことがあったものの、片道だけで4,000円もの高額な費用がかかったといいます。限られた生活保護費の中で、通院の都度タクシーを利用することは到底現実的ではないと考えました。車は任意保険にも加入しており、ローンも残っておらず、制度上車の保有利用が認められるケースでした。

ところがある日、担当ケースワーカーから突然、「障害年金が支給されるのだから、今後は自動車の使用は認めない」と口頭で告げられたのです。障害年金が支給されたからといって、壊死した足が治るわけでも、バス停までの急な坂道を登れるようになるわけでもありません。生存のための「足」を唐突に奪おうとする理不尽な対応に対し、レイヤさんは法に基づく自動車保有の継続を強く要望し、もし不許可とするのであれば、その理由と共に不服申し立ての教示を書面で交付するよう求めました。口頭での通告だけで当事者の権利を奪う行政の姿勢は、適正手続の観点からも大きな問題を孕んでいます。

見えない障害の苦しみ—茨城県、兵庫県、静岡県でも

身体的な障害だけでなく、精神疾患や外見に関わる疾患を抱える人々にとっても、公共交通機関の利用は健常者が想像する以上の高いハードルとなることがあります。

茨城県のヤマトさん(仮名・40代)は、以前勤めていた会社で凄惨なモラルハラスメント(職場いじめ)を受け、過去に患っていたうつ病が再発してしまいました。仕事のことを考えるだけで過呼吸の発作を起こし、働けなくなったヤマトさんは、現在精神障害者手帳2級を所持しています。人混みのある場所に行くと過呼吸となり、そこから吐き気を引き起こしてしまうため、人前で嘔吐する恐れから公共交通機関の利用が一切できず、車がなければ病院に行く事すら出来ない状況にありました。妻も持病で病院通いをしており、妻の送り迎えにも車の利用が必要不可欠でした。さらに彼は腰部脊柱管狭窄症の手術をしており、下半身の痺れや痛みで長時間の歩行が不可能な体でありながら、家から最寄り駅まで数キロメートル離れていました。車なしでは完全に孤立してしまう状況のため、自動車保有の特例適用を訴えています。

兵庫県のキリコさん(仮名・60代)もまた、うつ病を患い仕事もできず、日常生活に支障をきたしていました。公共交通機関を利用するとパニック症状が出るため、自身の健康回復に不可欠な通院時に電車やバスを使えないのです。やむを得ず、通院のたびにタクシーを利用していました。通院時のタクシー代は、一定要件を満たせば『移送費』として別途支給される可能性がある仕組みですが、その手続を知らないまま、案内してもらえないため知る術もないまま、自身の生活保護費から捻出、生活を著しく圧迫していました。ローンもない古い車を保有しているものの役所の許可がないため運転できず、保険料だけを支払い続けている状態でした。タクシー代で生活が破綻するのを防ぐためにも、車の利用を切望しています。病状が落ち着けば就職を希望していますが、人混みに耐えられないためやはり通勤にも自家用車が必要不可欠である状態です。

静岡県のカトウさん(仮名・50代)は、外見上の疾患から孤立に苦しんでいます。カトウさんは重度のアトピー性皮膚炎を患い、仕事のストレスから症状が悪化し辞職に追い込まれました。肌の露出もできないほど状態は悪く、人を不快にさせるのではないかと常に気にしており、心無い言葉を他人から投げかけられる辛さから、通院時に一切公共交通を利用できなくなってしまったといいます。
面接で健康状態を隠して就職活動をしても上手くいかず、生活保護申請に至りましたが、病状が落ち着けば市外の会社への就職を希望しています。カトウさんが希望する職種の勤務時間は深夜早朝を含むため通勤には車が必要です。資産価値のない古い車を使用し、再就職を実現するためにも自動車の保有を必死に願い出ています。

主治医の診断すら軽視される福祉の現場—福岡県のナナさんの闘い

自動車保有をめぐり、行政の裁量権がどのように暴走し当事者を追い詰めるのかを如実に示しているのが、福岡県のある自治体におけるナナさん(仮名・30代)の事例です。
ワンオペ育児の末にうつ病を発症したナナさんは、生活保護の相談に訪れた窓口で、まずいわゆる『水際作戦』に遭いました。親族への扶養照会を迫られるも何とか申請のハードルを乗り越えたものの、ナナさんの生活には自動車保有が必要不可欠でした。僻地への定期通院に加え、障害を抱え不登校となっている小学生の息子のための専門医への通院にも送迎が必要でした。また、ナナさん自身も障害を抱え、歩行が困難な状態でした。客観的事実に基づき、主治医からは正式に「自動車の利用が必要である」旨の診断書が発行され、福祉事務所へ提出されていました。

聞けば、当時自費で診断書を取得したというので(公費で受診命令あるいは役所から病院への照会をかけてもらえば無料であるため)行政書士が理由を尋ねたところ、前任のケースワーカーから「病院へ確認したところ、自動車は必要ないとの回答だった」という不可解な説明がなされたといいます。不審に思ったナナさんが主治医に直接確認したところ、病院側には福祉事務所からの問い合わせはなかったということでした。そのため、ナナさんはやむなく自費を投じて診断書を作成してもらい、提出するという負担を強いられたのです。行政がウソをつく。あってはならないことが「あった」とは認めてもらえず、うやむやにされましたが、自動車保有利用は認められました。

ところが、今年になって担当が変わった現ケースワーカーは、突如として再び「今後の自動車の保有を認めない可能性がある」と通告してきたのです。今まで自動車を認めてもらっていて、状況も変わらないのに、突然に自動車の処分を迫られたという行政書士への相談は、残念ながら特殊なケースではありません。

緊急時の駆けつけと支援のネットワーク—転居費用申請への影響も

自動車の保有制限は、当事者本人だけでなく、支援を行おうとする側の手足をも縛ることがあります。茨城県に住むアベさん(仮名30代)は、生活保護を受給しながら一人暮らしをしている60代の母親・イイジマさん(仮名)の支援に頭を悩ませていました。
親族の大半は他界し、高齢の兄弟も入院中で寝たきりであるため、母を支援できる親族は一人息子のアベさんしかいませんでした。以前はアベさん夫婦も母親と同じ市に住んでいたため、緊急時のフォローが可能でした。その後、仕事の関係で他市に息子夫婦は転居し、同じ県内とはいえ車で約1時間30分を要し、緊急時にすぐ駆けつけることが現実的に難しい距離です。

いざというとき、車を出してくれる親族がいないから、緊急時だけでも車の利用を認めてほしいとケースワーカーに相談するも聞く耳を持ってもらえません。茨城県は土地柄、津波警報が発令されることも多く、独居の母親が適切な行動を取れずに不安を抱えたことを聞き、アベさんは車ですぐに駆けつけることができる自らの生活圏内へ母を転居させる必要性を痛感しました。

しかし、生活保護費のみで生活する母親には転居に必要な初期費用(敷金、礼金、荷物搬送費等)を負担する力はなく、アベさん自身も経済的余裕がないため継続的な支援は困難でした。そのためアベさんは、福祉事務所に対して生活保護制度における転居関連費用の支給を申請しました。引越費用の支給申請は認められ、転居が叶ったものの、緊急時の車の使用を認められなかったために転居を余儀なくされたことへの疑問は残ります。また、このような理由で転居費用が公費で支給されると、自治体間での不公平感、責任の押し付けの側面も否めません。

最新判例から伺える司法の視点

現場のケースワーカーや福祉事務所に与えられた「裁量権」の肥大化とチェック機能の不全に対し、近年の司法は厳しい判断を下し始めています。

その象徴が、2024年に結審した熊本の世帯分離訴訟における最高裁の厳格な判断潮流や、生活保護受給者の自動車保有制限の適法性が真っ向から争われた鈴鹿市の事件(名古屋高判令和6年10月30日)といえるでしょう。鈴鹿市の裁判では、生活保護受給者に対する過度な自動車の利用制限や、毎月の詳細な「運行記録表」の提出指導などが、生活保護法第一条が掲げる自立助長の目的に反する処遇ではないかという批判がされました。判決の過程を通じて、国や自治体側に、従来の硬直化した自動車保有の制限や運用の見直しを迫る契機となったことは、現場の過剰な指導指示に対する警鐘といえるでしょう。

そのほか過去の判例においても、障害者の通院における自動車の必要性や実情を十分に考慮せずに行われた保護の停止処分は、「裁量権の逸脱であり違法」と断罪されています。行政の担当者が例外規定は存在しないかのように振る舞い、一律に処分を迫ることはもはや司法の場では通用しない時代となっています。

真の意味での「自立助長」

生活保護法の目的は、単に生存を維持することにとどまらず、当事者の自立を助長することにあります。
病気や障害に苦しみながらも就労を継続しようとする生活保護利用者から車を取り上げることが、自立への道なのでしょうか。壊死した足で歩けない男性から足代わりの車を奪い、高額なタクシー代を強いることが適正な福祉なのでしょうか。外見の悩みやパニック障害に怯え、公共交通機関に乗れない人々に対し、ルールだからとローン完済、保険完備の古い愛車の売却を迫り、移動手段を奪い、社会の隅に追いやることが保護の本来の姿でしょうか。

現場のケースワーカーに与えられた権限は、受給者を監視・統制し、尊厳を傷つけるためのものではありません。主治医の客観的な診断書を無視し、自動車保有の決定権限を悪用するような行為は、真に困窮した人々を孤立させ、セーフティネットからこぼれ落とす結果しか生みません。
国民が生活保護制度の運用を厳しく監視しつつ、受給者側は違法・不当な行政行為に対しては、毅然と書面による回答を求めたり、審査請求や処分の取り消し訴訟など、正当に対抗する手段は権利として保障されています。社会全体でこの問題に光を当て続ける必要があります。決して他人事ではく、明日は、我が身なのです。


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