「弁護士JP生活保護連載」 第38回記事 令和7年10月20日

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小田原市「生活保護なめんな」ジャンパー事件から8年…公務員らを追い詰めた“過酷な労働環境” 根本にある“圧力”の正体とは

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小田原市「生活保護なめんな」ジャンパー事件から8年…公務員らを追い詰めた“過酷な労働環境” 根本にある“圧力”の正体とは(弁護士JPニュース) – Yahoo!ニュース

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「生活保護なめんな」から8年。今も続く「見えないジャンパー」
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2017年、神奈川県小田原市で発覚した「生活保護なめんな」ジャンパー事件は、日本の生活保護行政の現場が抱える根深い問題と、社会に蔓延する貧困に対する不寛容さを浮き彫りにしました。市の生活保護担当職員が、威圧的なメッセージを背負って業務にあたっていたというこの一件は、単なる地方公務員の不祥事として片付けられる問題ではありません。セーフティネットの理念と自己責任論、日本社会が抱えるジレンマそのものを映し出しました。
ジャンパーは回収されても、その精神は今も現場に根付いていないでしょうか。本記事では、事件の全貌を振り返るとともに、最近同市で起きたある申請却下事例を光に当てました。そこからは、生活保護法の理念とかけ離れた現場の実態が浮かび上がってきました。

「HOGO NAMENNA」に込められたメッセージ

事件が明るみに出たのは、2017年1月のことでした。小田原市の生活福祉課で生活保護を担当する職員たちが、オリジナルのジャンパーを着用して業務を行っていることが報道によって発覚します。問題となったのは、その背中にプリントされた衝撃的な文言でした。

「HOGO NAMENNA」(保護なめんな)
「不正受給はクズだ」
「我々は正義だ」

さらに、ジャンパーの胸には、アメリカのハードロックバンド、AC/DCのロゴを模倣したデザインで「SHU-NO」(収納)という文字もあしらわれていました。(生活保護費の返還金徴収を意味する業界隠語)これは、生活保護費の返還金などを徴収する「収納対策チーム」のユニフォームとして作成されたものでした。

報道によれば、このジャンパーは2007年度から、市の生活保護担当部署に所属する職員有志によって自費で作成され、更新を重ねながら約10年間にわたって使用されていました。着用は、主に不正受給の疑いがある世帯への家庭訪問(ケースワーカー業務)や、返還金の徴収業務の際に行われていたとされています。

このジャンパーに込められたメッセージは、明らかに生活保護受給者に対する威圧と侮蔑の意図を持つものでした。生活保護制度は、日本国憲法第25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利(生存権)」を具現化するための最後のセーフティネットです。その最前線に立つべき公務員が、制度の利用者を「なめるな」「クズ」と断じ、「正義」を自称する。この倒錯は、本来あるべき支援者と被支援者の関係性を歪めるものであり、受給者の尊厳を踏みにじる行為にほかなりませんでした。

事件の発覚は、市議会議員への内部告発がきっかけでした。当初、市側は事態を軽視し、口頭注意で済ませようとしましたが、メディアによる報道が過熱し、全国的な批判が高まる中で、本格的な調査と対応を迫られることになります。

批判の嵐と一部の擁護

事件が全国に知れ渡ると、小田原市には批判の電話やメールが殺到しました。その多くは、職員の行為を「人権侵害」「公務員としてあるまじき行為」と断じるものでした。

当初の対応の遅れが批判を助長しましたが、加藤憲一市長(当時)は最終的に記者会見を開き、「生活保護行政に対する信頼を著しく損なうもので、誠に申し訳なく、心からおわびを申し上げます」と謝罪しました。市は直ちにジャンパーの使用を禁止し、すべて回収。そして、ジャンパーの作成・着用に関わった職員らに対する聞き取り調査を開始。

最終的に、市は管理監督責任を含め、生活福祉課の課長や職員ら15人に対し、地方公務員法の信用失墜行為などを理由に、訓告や厳重注意などの処分を下しました。しかし、懲戒処分には至らなかったため、「処分が甘すぎる」との批判も根強く残りました。

この事件に対する社会の反応は、一枚岩ではありませんでした。生活保護受給者を支援するNPO法人や弁護士、研究者などからは、厳しい批判の声が上がりました。「これは、支援ではなく脅迫だ」「職員の行為は、萎縮効果によって本来保護を受けるべき人を申請から遠ざけてしまう」「制度の根幹を揺るがす重大な問題だ」といった意見が相次ぎました。また、多くのメディアも論説などで、公務員の倫理観の欠如と、貧困に対する社会の冷たい視線を問題視しました。

その一方で、インターネット上などを中心に、職員たちに同情的な意見や、その行為を擁護する声も少なからず見受けられました。「不正受給があるのは事実。よく言った」「現場は大変なんだろう」「税金で暮らしているくせに、という気持ちは分かる」といった声です。これらの意見は、後述する生活保護バッシングの風潮を色濃く反映したものであり、事件が単なる職員個人の問題ではなく、社会全体の意識の問題であることを示唆していました。

社会の反応の二極化は、生活保護制度に対する国民の複雑な感情、すなわち「不正は許せない」という正義感と、「困窮者は救われるべきだ」という惻隠の情が、いかにねじれた形で共存しているかを露呈しました。

なぜ「HOGO NAMENNA」は生まれたのか

職員たちの行為は断じて許されるものではありません。それは、生活保護を必要とする人々の尊厳を守り、公正であるべきだという行政の原則に著しく反するものです。生活保護の決定実施にあたっては、職員は「常に公平・公正であり、決定実施には統一性が確保されていること」、そして「要保護者の立場や心情を理解し、その良き相談相手であること」という基本的な態度を忘れてはならないとされています。要保護者は申請に至るまでに、心身共に疲弊していることが少なくなく、職員には客観的な事実把握とともに、被保護者の心情を理解する共感的姿勢が求められています。

しかし、彼らを一方的に断罪するだけで、この問題の本質を見抜くことはできません。なぜ、公務員である彼らが、このような過激な行動に走ってしまったのか。その背景には、生活保護行政の現場が抱える深刻な問題と、当時の社会風潮が複雑に絡みます。

国が定めるケースワーカーの標準配置は、都市部で1人あたり80世帯とされています。しかし、多くの自治体でこの基準は満たされておらず、1人で100世帯以上を担当することも珍しくありません。ケースワーカーは、家庭訪問による生活実態の把握、資産調査、就労支援、医療・介護に関する助言、他機関との連携など、多岐にわたる業務を抱え、常に時間に追われています。

彼らは、貧困、病気、障害、家庭内暴力、社会的孤立など、様々な困難を抱える人々と日々向き合います。受給者からのクレームや、時には理不尽な要求、暴言や暴力にさらされることもあります。一方で、不正受給を見抜かなければならないというプレッシャーも重くのしかかります。このような精神的な負担は計り知れず、多くの職員がバーンアウト(燃え尽き症候群)に陥りやすい状況にあります。

生活保護の業務は、家庭訪問、資産調査、就労支援など多岐にわたり、高度な専門性を要します。それにもかかわらず、数年ごとの人事異動で、専門知識のない職員が担当になるケースが後を絶ちません。十分な研修やサポート体制がなければ、職員は孤立し、困難な事案に適切に対応できなくなってしまいます。

このような極限状況の中で、職員たちの間に「我々は不正と戦っているんだ」という過剰な連帯感や、受給者に対する敵対的な感情が生まれてしまったとしても不思議ではありません。ジャンパーは、そうした歪んだ一体感と、ストレスフルな環境下での不適切な自己防衛の表れだったと見ることもできるでしょう。

専門性の軽視と過度なストレスは、不適切な行為の温床となり得ます。そのため、援助方針の樹立や困難なケースへの対応においては、ケースワーカーの独断に委ねるのではなく、査察指導員等との協議やケース診断会議を通じて組織として援助方針を樹立することが求められています。

社会に蔓延する「自己責任論」と生活保護バッシング

この事件が起きた背景として、2012年頃から激化した「生活保護バッシング」の存在を無視することはできません。きっかけは、あるお笑い芸人の母親が生活保護を受給していたことが週刊誌で報じられたことでした。この報道を機に、「働ける能力のある親族がいるのに、生活保護を受けるのはおかしい」「不正受給の温床だ」といった論調がメディアやインターネット上で吹き荒れました。

このバッシングは、「貧困は個人の努力不足や怠慢が原因である」とする自己責任論を加速させ、生活保護受給者全体に対する偏見と差別を助長しました。テレビ番組では、あたかも多くの受給者が不正を行っているかのような印象を与える特集が組まれ、政治家も生活保護基準の引き下げや、受給要件の厳格化を声高に叫びました。

このような社会全体の「貧困叩き」の風潮は、行政の現場にも大きな影響を与えました。「不正受給の摘発」が、行政の重要な成果であるかのように見なされるようになり、ケースワーカーには「厳格な対応」が求められるようになりました。小田原市の職員たちがジャンパーに「不正受給はクズだ」「我々は正義だ」と記した背景には、こうした社会の圧力も無関係ではないでしょう。彼らの行動は、社会に蔓延する不寛容な空気を吸い込み、それを誤った形で体現してしまった結果と捉えることができます。

直近の小田原市による認知症高齢者の却下事例

小田原市のジャンパー事件は、私たちにいくつかの重要な問いを投げかけましたが、現在はどうでしょうか。

直近の小田原市での申請却下事例にも、残念ながら要保護者への配慮の欠如を感じさせるものがありました。

認知症の高齢女性は、長期療養病院に入院していました。預金残高はほぼなく、資産は底をつき、年金も月3万ほどで生活に明らかに困窮。保護の申請時において「手持ち金及び預貯金の保有状況」等から「急迫状況」を的確に把握し、対応しなければならない状態でした。

女性には戸籍上の夫がいましたが、夫自身も高齢で認知機能の低下が見られ、自分の年金月額約17万ほどを女性の医療費に充てることを拒んでいました。男性も介護施設への入所を検討しており、自分の施設費用もぎりぎりという年金額だったからです。やむなく、母親の病院代を子どもが負担していたものの、子どもの生活も苦しく、母親の病院代を支援できなくなってしまったのです。

生活保護の決定及び実施にあたっては、要保護者が「急迫した状況にあるため、放置することができない状況」にある場合は、法第4条第3項の規定により、稼働能力の活用や資産の処分が完了していなくても、応急的に必要な保護を行う(急迫保護)ことができるとされています。

申請は、当事者である高齢女性に「意思能力が欠如」しているため、子が申請者となりました。申請書の提出が困難な場合でも、申請意思の確認について「必要な援助を行うよう配慮するべき」とされています。

親族は職員に対し、高齢で認知機能が乏しい女性に対して、精神的なショックを与えるようなことは言わないよう配慮をしてほしいと、明確な要望をしていました。

ところが、職員は、この要望を無視します。そして、認知症の女性本人に対し、公務員として、一人の人間として信じがたい言葉を投げかけたのです。

「配偶者が離婚したがっていることを知っていますか?」
と、尋ねたといいます。

生活保護担当職員は、要保護者の「立場や心情をよく理解し、その良き相談相手である」べきであり、指導指示を行うに当たっては、「本人の能力、健康状態、世帯の事情、地域の慣行等について配慮」し、形式化しないよう留意すべきとされています (生活保護手帳 第11の3(3))。特に本件では、女性の認知機能が乏しく、「親族に見放されたと思い精神的ショックを与え、寿命を縮めるようなことはしてほしくありません」 と具体的な懸念を表明していたにもかかわらず、配偶者が離婚したがっていることを知っているか?、などと極めてデリケートな問題を公務員が尋ねる行為は、行政の負うべき配慮義務を逸脱しています。

親族が後日、職員の不適切な質問について抗議したところ、そのような発言はしていないと否定されました。しかし、後日送付された申請却下書面には、認知機能が衰えた本人が「離婚をするつもりはない」「病院を退院したら家に帰る」と話したことが却下理由として挙げられていました。

夫婦間は、民法上、最も強い扶養義務である生活保持義務の関係にあります。しかし、生活保護問答集によれば、夫婦であっても「夫が妻以外の者と同棲し、妻と別居している期間が相当長期にわたっている場合等夫婦関係の解体が明白である場合」には、世帯を異にしていると判断すべきものと考えられています。保護の実施機関は、扶養能力があるにもかかわらず扶養を拒否する扶養義務者に対して、家庭裁判所に対する調停や審判の申立ての指導を考慮すべきとされていますが(問答集第5-1)、裁判手続きには時間も費用もかかり、また、そもそも本人の意思能力が欠如しているような状況では現実的な手段とはなり得ません。

戸籍上の配偶者が「現に扶養を拒否している」「離婚を望んでいる」という事実があり、夫婦関係が実質的に解体している状況であるのに、認知機能が低下した要保護者本人の、現実の生活実態(夫の扶養拒否、入院費の滞納、退院後の独居不可能性)と乖離した陳述(「離婚のつもりはない」「家に帰る」)を、却下の主要な根拠として利用したことは、客観的な事実に基づいた保護の要否判定という行政の基本原則に反していると言わざるを得ません。結果として、女性の病院代は「滞納状態」が続き、最低生活の維持が脅かされるという深刻な事態が継続しています。
(※現在は、病院の所在地の管轄福祉事務所に新たに生活保護申請をしています。)

おわりに:事件の教訓を未来へ

小田原市の「生活保護なめんな」ジャンパー事件から8年余りが経ちました。小田原市は再発防止策として、職員研修の強化や、人権意識に関するマニュアルの作成などに取り組んだといいます。この事件をきっかけに、全国の自治体でも、生活保護行政のあり方について見直しが進められた側面もあります。

しかし、社会に根付いた貧困への偏見や自己責任論が、簡単に払拭されたわけではありません。今なお、生活保護の利用をためらい、誰にも相談できずに孤立している人々が大勢います。

この事件の教訓を風化させてはなりません。私たちは、一部の職員の逸脱行為として問題を矮小化するのではなく、その背景にある社会の歪みに目を向ける必要があります。ケースワーカーが誇りと専門性を持って働ける環境を整備すること。生活保護制度への正しい理解を広め、偏見や誤解を解いていくこと。そして何よりも、誰もが困難を抱えた時に、尊厳を失うことなく「助けて」と言える社会、温かく手を差し伸べられる社会を築いていくこと。

「HOGO NAMENNA」のジャンパーは、私たち一人ひとりの心の中に潜む、弱者への不寛容さを映し出す鏡だったのかもしれません。その鏡に映った自らの姿と向き合い、より公正で包摂的な社会を目指す努力を続けることこそが、私たちが学ぶべき最も重要な教訓と言えるのかもしれません。どのような状況に陥っても、個人の尊厳が守られ、ためらうことなく支援を求められる包摂的なセーフティネットを、社会全体で再構築していく必要があります。


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