「弁護士JP生活保護連載」 第41回記事 令和7年11月10日
この記事では、「外国人に生活保護を受ける法的な権利はあるのか?」という問いに対し、最高裁判所が「権利はない」と判断した2つの重要な判例(宋訴訟、永住外国人生活保護訴訟)を基に、法的な論点を解説しています。
法律上の「権利」がないにもかかわらず、なぜ実際には多くの外国人が保護を受けられているのか。その根拠である「1954年通知」に基づく行政措置の仕組みと、自治体の裁量に委ねられていることによる現在のリスク(財政問題や排外主義による圧力)についても言及しています。
当ページでは、ヤフーニュース編集部による編集前の「元原稿」を公開いたします。
ヤフーニュース掲載版では、元原稿の論旨に加え、世間で流布されている「外国人保護に関するデマ」に対する具体的な反論や、筆者としての見解がより分かりやすく追記されています。ぜひ、元原稿とヤフーニュース掲載版を読み比べていただき、この問題についての理解を一層深めていただければ幸いです。
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外国人に生活保護を受ける「権利」はあるのか?最高裁が下した「永住者も不法滞在者も対象外」の壁を解説
■最高裁が下した「NO」の判決
日本に居住する外国人、特に長年暮らしている永住者や定住者が、病気や経済的な困窮によって生活保護を申請した際、彼らは日本人と同じように最後のセーフティネットを受けられるのでしょうか。そして、もし申請が却下された場合、彼らはそれを法的に争う「権利」を持っているのでしょうか。
この問いに対し、日本の最高裁判所は、代表的な二つの裁判例を通じて、外国人には生活保護法に基づく受給権はないという判断を下しています。それを代表するような有名な判例が、宋訴訟(2001年)と永住外国人生活保護訴訟(2014年)です。
今回はこれら最高裁が示した「権利否定」の法的な内容を解説します。なぜ最高裁は外国人を生活保護法の対象外としたのか、そして、現在も外国人が事実上保護を受けている「行政措置」とは一体何なのか、さらに、排外主義運動の高まりの中で、自治体による保護がどのように法的根拠と正当性を示しているのかを検証します。
■生活保護法の基本ルールと外国人保護の特殊性
●生活保護法の原則と「国民」の壁
そもそも生活保護法は1950年に施行された際、その適用対象を「国民」に限定して設計されました。したがって、法律の条文上、外国人は生活保護の対象外とされています。
●「権利なき保護」の現実:1954年通知に基づく行政措置
外国人が法的に生活保護の対象外であるにもかかわらず、実際には多くの外国人が保護を受けています。その根拠となっているのが、1954年に厚生省から出された「1954年通知」です。
この通知に基づき、外国人の保護は「当分の間、一般国民に対する生活保護の決定実施の取扱いに準じて必要と認める保護」として行われています。重要なのは、この保護は「法律上の権利として保障したものではなく、単に一方的な行政措置によって行っているものである」と規定されている点です。
運用上は、日本国民と外国人の「保護等の内容等については、別段取扱上の差異をつけるべきではない」とされており、給付額も日本国民とほぼ同様です。しかし、保護の対象者は、適法に日本に滞在し、活動に制限を受けない永住者や定住者など(入管法別表第2の外国人等)に限定されています。
●権利性の不在と不服申立てについて
この「行政措置」に基づく保護は、外国人に生活保護についての権利(受給権)を与えていないという点で、重大な問題が指摘されてきました。
行政措置に関する不支給決定は、法令の規定による処分ではないため、原則として不服申立て(審査請求)はできません。この権利性の不在のため、外国人保護の運用は国の恣意的な裁量によって左右されてしまうリスクがありました。実際に1990年には厚生省の口頭指示のみによって、保護対象外国人が永住者や定住者などに制限された事例があります。
(※ただし、後述の永住外国人訴訟に関連し、外国人が生活保護法に基づく申請を行った場合、一度は却下決定が行われるものの、その却下処分に対しては不服申立てが可能である、という技巧的な運用も存在します。しかし、行政措置としての不支給決定については不服申立てができません。)
■【1:不法残留者】宋訴訟(2001年最高裁):「命の危機」でも却下された理由
外国人が生活保護の権利主体ではないことを明確に示した初期の判例が宋訴訟です。
●事件概要:不法残留中の事故
中華人民共和国籍を持つ男性Xは、1990年8月の在留期間満了後も在留期間の更新をしないまま日本に在留していました(不法残留者)。1994年4月、Xはオートバイにはねられ重傷を負い、東京都中野区福祉事務所に生活保護を申請しましたが、不法滞在の外国人には適用されないとして却下されました。
Xは、憲法第14条(平等権)や第25条(生存権)に違反するとして、却下処分の取り消しを求めて提訴しました。
●最高裁の判断:「立法府の裁量」は合憲
2001年9月25日、最高裁はXの上告を棄却し、却下処分は合憲であると判断しました。
最高裁は、生活保護法が不法残留者を保護の対象としないことは、その規定と趣旨に照らして明らかであるとしました。そして、憲法第25条(生存権)の規定は、国がどのような立法措置を講ずるかの選択決定を立法府の広い裁量に委ねていると解釈しています。
●結論:不法残留者の権利主体性は明確に否定された
最高裁は、不法残留者を保護の対象に含めるかどうかが立法府の裁量の範囲に属することは明らかであるとし、同法が不法残留者を保護の対象としていないことは、憲法第25条に違反しないと結論付けました。また、不法残留者を対象としないことは、合理的理由のない不当な差別的取扱いにも当たらないため、憲法第14条第1項にも違反しないと判断しています。
この判決により、在留資格を持たない外国人には、生活保護を受けるための法的な権利主体性は明確に否定されました。
■【2:永住者】永住外国人生活保護訴訟(2014年最高裁):「事実上の国民」にも受給権は認められず
宋訴訟が不法残留者を扱ったのに対し、永住外国人生活保護訴訟は、長年日本で適法に暮らしてきた永住者に対して、生活保護法に基づく受給権があるかどうかが争われた事件です。
この大分市での案件は過去の記事でも取り扱っています。
●事件概要:永住者の困窮と訴訟
原告Xは1932年に京都市で生まれ、中国籍を持ちながら長年日本で生活し、永住資格を有していました。高齢になり夫の親族から虐待を受け生活に困窮したXは、2008年に大分市に生活保護を申請しましたが却下されました。
この訴訟では、下級審で画期的な判断が示されました。福岡高裁は2011年、永住外国人に対し、生活保護法に基づく法的な受給権があると認める判決を言い渡したのです。
●最高裁の最終決定:永住者にも法的な受給権はない
しかし、この高裁判決は覆されました。2014年7月18日、最高裁は、外国人は生活保護法の対象外であり、法に基づく受給権は持たないとの判決を下しました。
最高裁は、永住者であっても、あくまで「1954年通知に基づく行政措置による事実上の保護の対象にとどまる」のであり、生活保護法による保護の適用を求める権利はないと判断しました。これにより、外国人の生活保護受給権を否定する国の運用が法的に確定しました。
●争いの余地:行政措置の却下を争う道は残されているのか
最高裁判決は、あくまで「生活保護法による保護の適用を求める申請に対する却下決定」について判断したものであり、1954年通知に基づく行政措置としての保護費の支給に関する却下処分については、審理の対象とならなかったことに留意が必要です。
最高裁は判決文の中で、行政措置としての保護費の支給を求める申請の却下や廃止について、この部分が「当審の審理の対象とされていない」と二度にわたり言及しており、これは行政措置の運用について訴訟で争う余地が残されていることを示唆するものと考えられています。もし行政措置による保護について争う途がなければ、日本国籍者であれば違法不当とされる処分も外国籍であるという理由だけで争えないという大きな問題が生じます。
■権利の行使から自治体の「善意」へ:地方分権化による変化と排外主義運動の影響
2014年の最高裁判決後も、永住者など適法に滞在する外国人に対する保護は1954年通知に基づき継続されていますが、その法的根拠は地方分権化により大きく変化しました。
●国の裁量から自治体の裁量へ
2000年4月1日に地方分権一括法が施行される以前(旧地方自治法下)では、生活保護に関する事務は機関委任事務とみなされ、自治体は国(厚生省)の通知や指示に拘束されていました。外国人保護についても、自治体は国の指示に従う必要があると考えていました。
しかし、法改正後、国が自治体に出す通達は法的拘束力のない「技術的助言」へと整理されました。これにより、1954年通知も技術的助言として位置づけられ、自治体は法律上、この通知に従う義務を負わなくなりました。
この結果、自治体は法的にはその裁量次第で外国人保護を行うか否かを判断できる状況が生じています。
●排外主義運動による圧力の増大
自治体の外国人保護の法的根拠が不明確化した状況を受け、近年問題視されている排外主義運動がこの点を捉えました。彼らは外国人保護を「在日特権」等と主張し、複数の自治体に対し、外国人保護の廃止を求めて住民監査請求や裁判を起こしました。
●自治体が外国人保護を正当化するロジック
排外主義運動による圧力に対し、自治体は外国人保護の法的根拠や正当性を示す必要に迫られました。分析された複数の住民監査請求や裁判資料によると、自治体は主に以下の論理で外国人保護を正当化しています。
1.禁止規定の不存在
憲法あるいは生活保護法には、自治体が生活保護法とは別に外国人保護を行うことを禁止する規定はない。
2.「寄附又は補助」としての保護
外国人保護は、生活保護法ではなく、地方自治法第232条の2(公益上の必要がある場合の寄附又は補助)を根拠として、自治事務として実施されている。
3.公益性・住民性の強調
自治体が外国人保護を行うことの公益性が認められる。具体的には、人道上の観点から福祉施策を行うことは公益性がある。また、外国人であっても国籍を問わず地方自治法上の「住民」に含まれるため、外国人を含む地域住民全体の生活困窮者を減少させることは、地域全体の発展と安定につながり、自治体の役割(地方自治法第1条の2)に適うものである。
このように、自治体は外国人を「地域住民」と位置付け、反差別の観点も踏まえながら、保護の正当性を主張することで、排外主義運動に対し一定の歯止めをかけているものと考えられます。
●財政負担の増加による運用リスク
自治体の努力にもかかわらず、外国人保護のシステムは限界に近づいているとも言われています。自治体は保護費の4分の1(国が4分の3)を負担していますが、この財政負担の増加を背景に、外国人保護の運用が問題化されつつあります。
埼玉県は、被保護外国人の増加を問題視し、外国人に対する保護の準用を抜本的に見直し、国において対応することを求めています。また、大阪府では「予算の範囲内において」外国人保護措置を実施するという要綱が施行され、自治体の財政状況次第で保護が維持できなくなる可能性を示唆しています。
自治体の裁量によって保護を行うか否か判断できる状況にあるため、今後、外国人保護に消極的な自治体が現れる可能性は否定できず、「住む場所次第で外国人の生活と生命が守られない状況」が生じるリスクがあります。
■まとめと今後の展望:なぜ「法制化」が求められるのか?
●現在のステータスと限界
現在、適法滞在の外国人に対する保護は継続しているものの、その根拠は法的な受給権ではなく、自治体の裁量と行政措置に依存しています。
この「1954年通知に基づく保護」は、論理的にも実態的にも限界を迎えていると指摘されています。
●国際条約との矛盾と法制化の必要性
外国人保護の法制化が求められる主要な理由の一つは、国際条約との整合性です。
特に難民条約第23条では、合法的に滞在する難民に対し、公的扶助について自国民と同一の待遇を与えることが規定されています。日本政府はかつて、実質的に日本人と同等の待遇をしているから問題ないとの見解を示していましたが、現在のように自治体の裁量次第で保護が行われなくなる可能性が否定できない現状では、「同一の待遇」が保証されているとは言えません。
このため、国の恣意的な裁量や自治体ごとの運用格差を防ぎ、地域に暮らす外国人の生活と生命を守るために、外国人保護の法制化が強く求められています。
●生活保護制度そのものの問い直し
外国人保護を法制化するという議論は、単に外国人の問題にとどまりません。これは、「なぜ国民の最低生活を保障する必要があるのか」という、憲法第25条に基づく生活保護制度そのものの在り方を問い直す議論へと繋がります。自治体が保護の正当性を「住民性」や「反差別」に見出しているように、国籍にかかわらず、その国で生活を構成している全ての人々に対して、国が生存権保障の責任をどう負うのかという、根源的な課題が残されているのです。


あたたかいお鍋の季節になりました


海鮮丼

鶏肉と山芋の煮込み

カレーうどん


おうちでイクラ丼
※参考文献
大澤 優真「地方自治体による外国人保護―通知に基づく保護の限界―」(社会政策学会誌『社会政策』第12巻第1号(2020年6月30日)P99~110)
木下 秀雄、吉永 純、嶋田 佳広 編「判例 生活保護 わかる解説と判決全データ」(山吹書店 2020年8月31日)P212~216


