「弁護士JP生活保護連載」 第51回記事 令和8年3月30日
徳島市を発端に、全国の注目を集めている、生活保護費の過大請求問題。現役市長が刑事告発されるという異例の事態に発展し、世間を大きく騒がせています。
しかし、実は、会計検査院の報告によれば全国でこの過大交付は指摘されており、金額だけで言えば徳島を上回る自治体もあります。
それなのに、なぜ徳島市だけがやり玉に?
文字数等の都合上、ヤフーニュース記事には載せられなかった部分(特に徳島市のお家事情)もノーカットの元原稿をこちらに公開します。ヤフーニュース記事とあわせてご欄いただければ、より、内情が見えてくるかもしれません。
弁護士JPニュース
→生活保護費の「過大支給」徳島市の他にも“全国の自治体”で頻発…根源にある“構造的問題”とは

Yahoo!ニュース
→生活保護費の「過大支給」徳島市の他にも“全国の自治体”で頻発…根源にある“構造的問題”とは

徳島市だけではなかった生活保護過大支給の問題
日本の社会保障制度において、生活保護は憲法25条が定める「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する最後のセーフティネットです。しかし近年、この重要な公金運用において、自治体による「過大支給(過払い)」が相次いで発覚しています。会計検査院による厳格な決算検査報告や各地の報道を調べるほどに、そこには単なるミスでは片付けられないであろう、国民が知るべき大問題が見えてきました。
1.会計検査院が指摘する不当事項
会計検査院という、国や政府関係機関などが税金を無駄なく適切に使っているかをチェックし、監督する日本の行政機関があります。
会計検査院では毎年「決算検査報告」が公表されます。国の予算が適正に使用されているかを検査した報告書ですが、その中で、生活保護費(生活扶助費等負担金)の過大交付は、毎年のように「不当事項」として挙げられる常連の項目です 。
【令和6年度 決算検査報告に見る実態】
→(11)生活扶助費等負担金等が過大に交付されていたもの[11都府県](125)―(137) | 第3章 | 令和6年度決算検査報告 | 会計検査院
現時点で最新の令和6年度報告によれば、岩手県、宮城県、東京都、福井県、長野県、静岡県、愛知県、滋賀県、京都府、熊本県、大分県の11都府県、計13の事業主体において、合計で9,781万7,226円の国庫補助金が過大に交付されていたと認定されました。具体的な事例を挙げると、愛知県名古屋市では平成28年度から令和4年度にかけて、年金受給権の調査不足などにより約2,651万円が過大に交付されていました。また、長野県長野市では約1,149万円、京都府宇治市では約1,012万円、福井県敦賀市では約797万円の過大交付が指摘されています。
令和6年度は全体で1億を切っていますが、なんとその前年の令和5年度は3億越えです。
【令和5年度 決算検査報告に見る実態】
→(13)生活扶助費等負担金等が過大に交付されていたもの[14都府県](134)―(169) | 第3章 | 令和5年度決算検査報告 | 会計検査院
さらに遡った令和5年度報告では、14都府県の36の事業主体において、不当と認められた国庫補助金は、なんと合計3億8,545万4,317円にのぼりました。東京都墨田区では、平成28年度から令和4年度にかけて、年金受給権の調査および裁定請求の指導が不十分であったために、約4,199万円もの過大交付が発生していたことがわかります。他にも、千葉県市原市で約2,126万円、大阪府豊中市で約2,145万円、沖縄県沖縄市で約3,583万円といった巨額の「不当交付」の事実があり、会計検査院が表に出した形となりましたが、この年の大々的な報道は見受けられません。
これらの数字は、氷山の一角に過ぎません。会計検査院の検査は抽出調査であり、全国の全自治体を網羅しているわけではないからです。この膨大な「払いすぎ」の裏側には、どのような現場のミスが隠れているのでしょうか。
2.年金受給権の調査不足
上記の資料の中の会計検査院が指摘する過大支給の原因の一つに、被保護者の「年金受給権」に係る調査および指導不足があります。
生活保護法では、利用し得る資産や能力を活用することが保護の要件となっており、他の法律(年金など)で保障を受けられる場合は、まずそちらを利用しなければなりません。本来、ケースワーカーは受給者が年金を受け取れる年齢に達した際、速やかに「裁定請求(受給の手続き)」を行うよう指導し、支給される年金額を収入として認定して、その分だけ保護費を減額する必要があります。
しかし、福井県敦賀市の事例では、世帯主が既に平成20年や29年に年金受給権が発生していたにもかかわらず、市が適切な指導を行わなかったため、数年間にわたり年金が未受給のまま保護費が全額支給されていました。その後の是正指導により、受給者が遡及して約523万円の年金を受け取ったことで、結果として同額の保護費が「支給不要なもの」となり、国庫負担金約392万円が過大であったと認定されたのです。
このようなケースが全国で頻発している背景には、年金制度そのものの複雑さと、ケースワーカーの専門知識とマンパワーの不足、そして関係機関(日本年金機構など)との連携の薄さがあります。
3.障害者加算の認定誤り
事務的な確認漏れだけでなく、制度の解釈そのものを数十年間にわたり誤り続けていたという事例も報告されています。特に「障害者加算」を巡るミスが目立ち、被害額も大きいです。
■盛岡市の「60年の空白」
→「ご迷惑をおかけしている」と市長が陳謝 生活保護費障害者加算の認定誤りで過払い60年近く続いた可能性も 返還求めた受給66世帯中37世帯が応じる 盛岡市 | TBS NEWS DIG (1ページ)
岩手県盛岡市では、1965年から約60年近くにわたって、誤った認定条件で障害者加算を支給していた可能性が浮上しました 。本来、障害年金の受給権を確認すべきところ、障害者手帳の等級のみで認定していたことが原因とされています。令和4年度の会計検査院の検査でようやく発覚したこの事態に対し、盛岡市は当初、時効にかからない過去5年分について、66世帯に対し約2,201万円の返還を求める決定を下しました。
■秋田市の3,100万円過大支給
→返還を求めない方針示す 生活保護の過大支給 秋田市 [秋田県]:朝日新聞
秋田県秋田市でも、同様に精神障害者への加算認定ミスが発生しました。120人に対して認定ミスがあり、そのうち79人に合計約3,100万円の返還を求める事態となりました。この問題では、後に市長が「市のミスで不安な時間を過ごさせた」と謝罪し、返還請求を取り下げるという異例の決断を下すことになります。
■北広島市における認定誤り
→生活保護費における障害者加算の認定誤りについて | 北海道北広島市
最近の事例では、北海道北広島市において、2025年12月に障害者手帳の更新手続きをきっかけとして、約4年間にわたる加算の認定漏れと、逆に2世帯に対する約109万円の過大支給が発覚しています。
これらの加算ミスは、組織内で「前任者がこうやっていたから」という引き継ぎが長年繰り返され、誰も制度の根拠資料に立ち返って確認しなかったという「思考停止」の結果とも言えます。
4.徳島市の国庫負担金過大請求
→徳島市の国庫負担金過大請求は「管理職の責任感欠如」 百条委報告書 [徳島県]:朝日新聞
令和8年3月という、かなり最近でも同様の事例が徳島市で起きました。長年にわたり同様の事例が全国で繰り返されているというのに、なぜこの徳島市の件だけが取り沙汰されているのでしょうか。徳島市では、以前から政治家の派閥争いが非常に激しいという背景事情も垣間見えます。
この件は、最終的には現役市長に対する刑事告発にまで話が発展しています。そして、それらの報道に対して市長がSNSで反論するという事態になり、大きな話題となっています。
徳島市では、過去5年間で国に対し生活保護費の国庫負担金を約5,093万円過大に請求していたことが発覚しました。
※生活保護の財源は主に国から4分の3(国庫負担金)、地方自治体が4分の1の割合で負担しています。その状態において受給者に対する過大支給金があった場合は、国庫負担金に対して過大な請求をしているという図式になります。
市議会の百条委員会(調査特別委員会)に出頭した元係長は、前任者からの引き継ぎの際、この問題が「爆弾」という名称で呼ばれていたと証言しました。つまり、組織として「いつか露呈すれば大変なことになる不正」を認識しながら、解決を先送りにし、次代にその責任を押し付け続けていたのです。
この問題の裏側には、当時の遠藤彰良市長と、内部告発を行った現職課長、及びそれぞれを応援する派閥間での激しい対立があったと言われています。森本課長(当時)は「市長に不正の実態を伝えたが、放置された」と主張し、一方で遠藤市長は「記憶にない」と真っ向から否定しました。この対立は、単なる事務処理の是非を超え、市長に対する「刑事告発相当」との報告書案がまとめられるなど、市政を揺るがす政争へと発展しました。
5.現場職員の職務懈怠と心理的ハードル
大規模な組織ミスとは別に、個々の職員の業務態度や、追い詰められた末の不正も見過ごせません。
■京都市(山科区)の台帳隠匿
→京都市:生活保護事務に係る不適切な事務処理について
2024年7月に判明した京都市山科区の事例は衝撃的です。担当ケースワーカーが、受給者から提出された大量の就労収入資料(レシートや領収書など)の算定を「面倒」だとして放置。約3年間にわたり、本来停止すべき保護費を支払い続け、約800万円の過払いが発生しました。この職員は上司に報告せず、人事異動まで生活保護台帳を私物化して隠し持っていたことが明らかになっています。
■長野県(上伊那)の家庭訪問の怠慢
→生活保護費750万円を8世帯に過剰に支給するミス…福祉事務所の職員が家庭訪問怠り収入把握しないまま支給、受給者には事情説明の上返還求める手続き | SBC NEWS | 長野のニュース | SBC信越放送 (1ページ)
長野県の上伊那福祉事務所では、職員が家庭訪問などの基本業務を怠り、収入を把握しないまま支給を続けた結果、8世帯に対して約750万円の過払いが生じました。令和3年度から令和4年度にかけて発生したこのミスは、職員の移動に伴う引き継ぎでようやく発覚しました。
■静岡県掛川市の「3年間の連鎖」
→生活保護費630万円多く支給…130万円の支給漏れも 静岡・掛川市が算定ミス – YouTube
掛川市でも前任者から引き継いだ職員が、令和5年3月の算定を行う際に前任者のミスに気づき、令和2年4月から令和5年3月まで過去3年間で約630万円の過大支給があったことが判明しています。
これらの事例から透けて見えるのは、ケースワーカー一人あたりの過重な業務負担と、「ミスを認められない」組織体質です。一度処理を溜めてしまうと、それを報告すれば叱責される。ならば隠してしまおう。そんな個人の弱さが、組織のガバナンスの欠如と合わさったとき、取り返しのつかない事態を招くのでしょう。
6.返還請求という第二の負担
過大支給が発覚した際、自治体は通常、生活保護法第63条に基づき払いすぎた分の返を受給者に求めます。しかし、受給者の多くは最低限度の生活費でやりくりしており、手元に貯金があるわけではありません。行政のミスで渡されたお金を、後から「数十万、数百万単位で返せ」と言われることは、生活を脅かすだけでなく、大変な精神的ストレスになります。
大阪市の事例では、システムの誤設定により放課後等デイサービスの利用料上限額を低く案内してしまった結果、約65万円の遡及請求を受けた母子家庭の戸惑いが報じられました。
→『65万円を追加で支払って』大阪市のミスが原因なのに猶予1か月!?戸惑う声に市長「分割納付の延滞金なくすなど検討したい」期限を間近に控え市民は…【怒り】【MBSニュース特集】(2023年8月28日) – YouTube
利用者は「最初から正しい金額を知っていれば、利用回数を減らすなどして対策できた。後から言われても生活できない」と訴えています。
こうした状況に対し、司法は近年、厳しい判断を下しています。全額返還を原則としてきた行政に対し、2017年の東京地裁判決は「全額を一律に返還させたのでは、最低限度の生活の保障や自立を阻害する恐れがある」と指摘しました。行政側の過誤を一方的に被保護者に転嫁することは「社会通念に照らして著しく妥当性を欠く」として、返還決定を取り消す画期的な判決を言い渡したのです。
→東京・生活保護費過誤支給の返還処分取り消し請求裁判 返還は最低生活保障を阻害 原告の訴え認め 東京地裁が画期的判決
7.過大支給はなぜ起こり、どう防ぐべきか
これまでの事例を分析すると、過大支給が起こる原因は、大きく以下の3点に集約されます。
■制度の複雑さと、それに追いつかない現場の専門性
生活保護制度は、年金、税、障害福祉など広範な知識を必要としますが、多くの自治体では数年で担当が変わる「一般事務職」がこの任に当たっています。専門性の欠如は、必然的に誤った運用を招きます。
■属人化した業務とチェック機能の形骸化
京都市の事例のように、一人の職員が台帳を抱え込める状態は、組織体としてあまりにずさんで異常です。上司による「生活保護記録の早期回覧」や「進行管理台帳の確認」がルール化されていても、それが実質的に機能していない現場が多く存在します。
■心理的安全性の欠如と隠蔽を許す文化
徳島市の「爆弾」という言葉が示すように、ミスを報告することが不利益になる環境では、職員は問題を隠し、次へ回そうとします。
8.考えられる対策
過大支給を防ぐためには以下のような対策が必要と考えられます。
■DX(デジタルトランスフォーメーション)の断行
年金受給情報や就労所得の自動連携、チェックシステムの高度化により、職員の記憶や手作業に頼る部分を極限まで減らすべきです。
特に異なる官公署間での情報の共有は、この生活保護費の過大支給の問題に限らずかなりの手間を省けるのではないかと思います。
ただし個人情報の取り扱いの問題があるので、すんなり行きそうにもないところが難しい部分でもあります。
■福祉職の専門職化と継続雇用の促進
頻繁な人事異動を避け、専門的な知識を持った職員が長期的にケース管理を行える体制を構築する必要があります。
ただ人事異動のタイミングで不正が露見するという効果もありますので、一概に長期的に同じ部署に同一人物が勤務し続けるというのが良いかというと断言できない部分もあります。
■第3者による定期的なプロセス監査
会計検査院の検査を待つのではなく、自治体内部、あるいは外部の監査機関が、定期的に事務処理のプロセスそのものをチェックする仕組みを導入すべきです。
■ミスの早期申告を評価する組織風土の構築
不祥事を隠すことのリスクを教育し、同時にミスを早期に見つけ、共有したことをポジティブに評価する「心理的安全性の高い職場」を作ることが、結果として大きな不正を防ぐことに繋がります。
これは官公署に限らず一般企業においても言える話です。
生活保護制度は、私たち一人ひとりにとっても無関係ではありません。いつか自分や家族が頼ることになるかもしれないこの制度が、適正かつ公平に運営されることは、社会全体の安心に直結します。
同時に、国庫からの無駄な出金を抑えることは、節約というだけでなく、国の土台を強くするために非常に重要な役割を果たします。
生活保護費の過大支給の問題を改善することは、将来に向けて重要な意味を持つ話なのです。

by 高橋や



by めるしーさん


