「弁護士JP生活保護連載」 第64回記事 令和8年9月26日
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→「女性に入ってほしくなかった」“左遷部署”で度重なる暴言浴び“適応障害”発症…40代・元公務員が「トラウマ」から立ち直るのに“生活保護”が必要だった理由

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→「女性に入ってほしくなかった」“左遷部署”で度重なる暴言浴び“適応障害”発症…40代・元公務員が「トラウマ」から立ち直るのに“生活保護”が必要だった理由

今回は、元原稿と弁護士JP/ヤフーニュース記事の編集稿の内容に大きな差異はありません。ただ、こちらの元原稿には、取材対象者である美咲さんにご提供いただき個人特定可能な個所にはモザイクをかけたスクリーンショット(支援者のセクハラ行為等)も掲載しています。
執筆後の、小話を少し。
「楽しいことなど、一つもない人生でした」
これは、美咲さんの言葉ではありません。美咲さんは、
「報われることなど、一つもない人生でした」
こちらがしっくりきます、と。
そして、実は行政書士の記憶は間違っていて、実際の(記事冒頭の別の女性の)お手紙の文言は、こちらでした。
「私が育った家庭は本当に貧しく、幼い頃から良い事など少しもありませんでした」
では、冒頭のこの言葉はどこから出てきたのだろうかと、考えさせられました。
見えない傷を癒す「精神保護」としての生活保護―虐待、パワハラ、セクハラ・・・女性の絶望と再生から問う、セーフティネットの真価
「楽しいことなど、一つもない人生でした」
行政書士のもとに届いた一通の手紙。そこには、ある女性の、壮絶で、しかし決して彼女だけの特別な悲劇とは言い切れない、日本社会の暗部を象徴するような半生が綴られていました。
近年、生活に困窮して助けを求める方々の傾向に、ある変化を感じています。かつてのような単純な失業や高齢、目に見える身体的な疾病による経済的困窮だけが、保護申請の理由ではなくなっているのです。
職場でのパワーハラスメントや巧妙なモラルハラスメント、学校や地域社会における終わりのない陰湿ないじめ。これらによって心が完全に折れ、重度のうつ病や適応障害、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、といった深刻なメンタルダメージを負い、社会からドロップアウトせざるを得なくなった人々が溢れかえっているのが実情です。
組織に潰された心と、行政対応での絶望
美咲さん(仮名・40代)は幼少期から、両親による虐待や学校でのいじめを受け、逃げ場のない苦しみの日々を送ってきました。年齢が進むほどに心身の状態は悪化し、精神科への入院を余儀なくされます。それでも彼女は「自分の人生を諦めたくない」と、20代の終わりに実家を飛び出し、長年にわたり彼女の自立を阻んできた両親と縁を切りました。
その後、民間企業で懸命に働きましたが、心の影を見透かされるかのように悪質なパワハラを受けて適応障害と診断を受け、退職。実家の親からの追跡や交際相手からのDVから身を守るため、何度も転居を余儀なくされました。
試練に負けず、美咲さんは、ある地方自治体に非正規公務員として入職します。配属されたのは、本庁から遠く離れた山中にある出先機関で、野生動物の保護管理を担う部署だったといいます。
「人間は可愛くなかったですが、動物たちが本当に可愛くて離れがたく、自分の心が潰れるまで留まってしまいました」
美咲さんは振り返ります。配属された部署は、何らかの問題を抱えた職員が集められ、現場が崩壊しているようないわゆる「左遷部署」の中で、彼女は上司である正規職員たちから継続的に罵倒される状況に置かれることになりました。特に男性職員から面と向かって
「女性に入ってきてほしくなかった」
と言われたことは、美咲さんの心を深くえぐり、その後も悪夢にうなされる日々が続きます。
電話で4時間にわたり罵倒された日、過呼吸を起こした美咲さんは寛解していた適応障害を再発し、就労不能となってしまったのです。
美咲さんは病気休職中もあきらめず、内部のハラスメント対策委員会に訴え出ました。しかし、美咲さんの訴えは単なる個人間のトラブルへと矮小化され、結果報告の場で人事室長はこう言い放ったといいます。
「本人たちが『そんなつもりじゃなかった』『言ったかもしれないが、よく覚えていない』などと言っているのでパワハラであると認定できません」
「美咲さん、この役所は美咲さんみたいに頑張れる人ばかりじゃないんですよ?」
まるで美咲さんに非があるかのような口調で、美咲さんの心を寄ってたかって潰した正規職員たちは紙切れ1枚の厳重注意処分。被害を受けた美咲さんの方が異動となり、一方的に手打ちにされてしまったのです。
その後も、労働組合や弁護士にも相談し、出来ることは全て試みました。弁護士からは「訴えるならば自治体の職場環境改善のためという体裁で」と提案されたものの、山中の出先機関ゆえに証拠も証人もなく、美咲さん自身にも闘い続ける余力は残されておらず、断念せざるを得ませんでした。
「病気が再発して、もう自分が働けない組織のために頑張るよりも、自身の回復を優先したほうがいい。」
本来、公平を守るはずの行政に訴えたにもかかわらず、病気休職にまで至っている苦しみを、まるで存在しないかのように扱われたこと。それは、現場で起きたハラスメントそのものよりも、美咲さんに致命的な打撃を与えました。
組織や人に対する信頼は大きく損なわれ、一時は生きる気力を失い、ある夜、友人に別れを告げて自殺を図ってしまいます。一命は取り留めたものの、パワハラの加害者や国家権力と闘う気力は残っておらず、退職届を出すことしかできませんでした。
「健康で文化的な最低限度の生活」と精神保護
退職後、無収入となった美咲さんは、生きるために生活保護を受給することになります。しかし、その申請に至るまでの彼女の胸中には、もう一つの大きな葛藤がありました。
美咲さんは、社会的地位の高い立派な職業に就く父親のもと、いわゆる「上流階級」とも呼べる裕福な家庭環境で育ちました。それゆえに、いざ自分が心身を壊して生活保護を申請せざるを得なくなった際、「まさか自分が」という強い戸惑いや、自尊心が揺らぐような心理的な抵抗感があったといいます。
しかし、生活保護は、どのような成育環境や社会的階層の出身であっても、等しく無差別平等に保障された国民の正当な権利です。予期せぬ不条理によって身動きが取れなくなったとき、このセーフティーネットに頼ることは、決して自分を卑下することでも、恥じることでもありません。制度を利用して心身を休め、生き直すための正当な手段なのです。
ここで、あらためて生活保護法が何を保障しているのかを確認します。
生活保護法第3条には、保障されるべき最低限度の生活は「健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない」と明記されています。
ここでいう「健康」とは、四肢が欠損していないとか、内臓に疾患がないといった、単なる肉体的な健康のみを指すのではありません。精神的な安定と尊厳が確保されていなければ、「文化的な最低限度の生活」など到底営むことはできないのです。
いじめやハラスメントによって深刻なメンタルダメージを受けた人は、「明日食べるものがない、家賃が払えず住む家を失い、路上に放り出されるかもしれない」という経済的恐怖と、尊厳をズタズタにされた精神的苦痛の、二重苦に喘ぎながらも、外部にSOSを出すこともできずに孤独の淵に追い込まれている人も少なくありません。
生活保護を受給し、毎月の生活扶助や住宅扶助が確約されることで、人は初めて「明日のサバイバルの心配」から解放されます。この「国が最低限の生活を保障してくれる」という経済的な絶対的安心感が担保されて初めて、適切な通院、服薬、そして何よりも「何もせずに、ただ安全な部屋で休む」という最大の治療に専念できるようになるのです。
つまり、現行の生活保護制度は、正しく運用されさえすれば、傷ついた心を癒す極めて実効性の高い「精神保護(メンタル・プロテクション)制度」として機能するポテンシャルを備えているといえます。
直面した支援という名の「支配」繰り返される二次被害
しかし現実の社会では、この「精神保護」を求める切実なSOSを阻むハードルが数多く存在します。
美咲さんはその後、フラッシュバックを引き起こす元職場から物理的に距離を取るため他県へ転居し、PTSDの専門治療を受け始めました。傷病手当金の受給が始まったことから、一度は生活保護を抜けたものの、1年半の傷病手当金の受給期間内に就労可能な状態まで回復することはできず、再び生活保護を受ける必要が生じました。
役所へのトラウマが根付いていた美咲さんは、近隣の男性士業に保護申請への同行を依頼します。しかし、そこでのLINEを通じたやり取りは、支援という名の「暴力」そのものだったといいます。
初診日が10代の頃であったことから書類収集に難航し、専門家である社労士に有償依頼してもなお障害年金が不支給となり、絶望の淵にいた彼女に対し、その男性士業は
「昼間だけど一緒に飲みます?」
と、身勝手な誘いをかけてきたのです。

美咲さんが
「肝臓の負担が重い薬を呑んでいる」
「性犯罪被害者であり、男性と飲酒すること、弱っている時に自宅に呼ぶことがトラウマを想起してしまう」
と必死に訴えても、返ってきたのは
「自宅じゃなくてサイゼリアでも飲めるよ」
という、相手の傷を全く理解していない無神経な言葉でした。

恐怖を感じた美咲さんが委任契約の解除を申し出ると、男性士業は書類の回収後、「私の名刺はゴミで捨ててください。メールも名前長押しで削除できますのでお願いします」と、自身のセクハラまがいの不適切対応の証拠を隠滅しようとするかのようなメッセージを送ってきました。

「今まで支援して来た人たちも、自分が引っ張り出して、ちょっとずつ就労をされています」と、美咲さんの病状を無視した自らの支援スタンスを最後まで押し付けてきたのです。美咲さんは、自分の心と向き合い、毅然とメッセージを返しました。
「今の私にとって家で安全に過ごすことは『何もしていない』のではなく、回復のために必要なことです」
「『一日中家にいても何も変わらない』という貴方の解釈は、少し乱暴すぎる。『引っ張り出す』という考え方は私には合わない」
「外へ引っ張り出してもらうことよりも、自分のペースで安全な生活を積み上げることが必要な段階です」
「私の場合、過去に自分の意思を尊重されず、組織の力によって物事を進められた経験が重なっています。そのため、『本人をこちらの考える方向へ引っ張っていく』という支援のあり方には強い抵抗を覚えました。なぜなら、それは私にとって支援ではなく、支配だからです」
行政の現場でも、これと同じことが起きていると美咲さんは訴えます。
メンタルダメージを負い、他者とのコミュニケーションに著しい恐怖を抱いている者を、一律の「就労指導」の枠組みに押し込み、ノルマのように求職活動を課す。結果として精神的に追い詰められ、生活保護という命綱を自ら手放してしまう人を、私も現場で多く見てきました。
加害者のいる暴力的な環境から逃れてきた被害者が、今度は命綱を握る公権力や支援者からハラスメントを受けることになれば、彼らの人間不信はさらに決定的なものになってしまうのです。
「心のシェルター」としても機能する生活保護
美咲さんは、信頼できる精神科医のもと、人生最大のトラウマ記憶を徹底的に掘り起こす負荷の高い「暴露療法」をつい最近まで受けていました。PTSDの暴露療法とは、服薬ではなく、過去のつらい体験によって続いている強い恐怖や不安を和らげるための心理療法です。患者の心の奥深くに強く残っている、最もつらい出来事や記憶(コアトラウマ)に少しずつ向き合います。過去の出来事を思い出しても「今は安全で、あのときと同じことが起きているわけでない」と感じられるようになることで、恐怖や不安を軽減していきます。最終的には、過去の出来事に振り回されず、薬に依存せず、自分らしい生活を送れるようになることを目指します。
主治医に、男性士業からのセクハラの顛末を報告した際、こんな賛辞を贈られたといいます。
「一方的な人から1ミリもブレずに自分を守りきれた。治療をやった甲斐があった。すべての判断を貴方がしていて、医師は事後報告を聞いてるだけね」
美咲さんが真に必要としていたのは、「この人のために動かしてあげよう」という善意の押し付けではなく、「状態や意思を確認しながら、自分で次の一歩を決めることを尊重してくれる人」だったといいます。美咲さんは現在、生活保護という経済的基盤を得て、まずは「マイナスからゼロへと戻ってくる」ための歩みを始めています。
「私の場合、コアトラウマは幼少期の性的虐待でした。限られた治療時間ですべてのトラウマを扱うことは不可能なので、まず最大のものから片付けています。大人になってからのハラスメントのことは、まだ治療の中で取り扱っていないので、役所での保護申請などトラウマを想起するようなことは一人では到底できませんでした。でも、役所の窓口の方も親切で、安心しました。皆様のおかげで今は心理的安全性の高い暮らしを送れています。人生の後半、何ができるかゆっくり探っていこうと思います」
イジメやハラスメントによって精神を破壊され、働くことができなくなった状態は、決して被害者個人の「心の弱さ」や「努力不足」などではありません。過剰な効率を求める現代の熾烈な競争社会や、閉鎖的で同調圧力を強要する組織が生み出した病理であり、社会の犠牲に他ならないのです。
成人後の困難は自己責任ではなく「社会の責任」
近年、美咲さんのように幼少期に受けた過酷な体験が、成人後の生きづらさにいかに直結するかを客観的に示す「ACE(Adverse Childhood Experiences=逆境的小児期体験)」という研究概念が注目を集めています。
ACEとは、18歳までに経験した虐待やネグレクト、家庭内の問題(DVや家族の精神疾患など)が、その後の人生に与える影響を測るものです。国内外の研究データの蓄積により、子ども期の逆境体験がもたらす長期的な有害ストレスは、成人後の心身の疾患のみならず、依存症、失業、貧困などのリスクを大幅に高めることが明らかになってきています。
さらに、複数の逆境体験を重ねてきた人は、そうでない人に比べて自殺念慮や失業、社会的孤立に陥るリスクが数倍に跳ね上がるというデータも報告されています。生まれ育った環境によって他者への信頼感の欠如に繋がり、社会生活において安定的な人間関係の構築を困難にしている側面もあるのです。
この分野はまだ発展途上ですが、単なる「アダルトチルドレン」といった概念よりも、具体的な研究データの蓄積に基づいている点で説得力があります。人生の初期にストレスフルな生育環境下で育った人が、成人期以降にハラスメントのターゲットにされたり、職歴が不安定で生活に困窮したりと、二重三重の困難を抱える可能性が高いこと。
成人後の困難を、本人の「性格」や「努力不足」という自己責任論だけで片付けてはいけないという視点は、社会に広く共有される必要があるでしょう。
誰もが安心して倒れ、何度でも立ち上がれる社会へ
理不尽によって心が壊れてしまった人々に対し、「働けないのは自己責任だ」と切り捨て、見捨てる社会に、いかなる未来も存在しないでしょう。
生活保護制度を単なる「最後のセーフティネット」という消極的な意味合いを超えて、国民が正当に休養し、回復するための「精神保護」のための積極的な権利として再定義することを提案します。
傷つき果てた心を、安全な場所でゆっくりと休ませる時間を保障し、適切な医療につなげ、もう一度人間を信じ、少しずつ社会に戻るための「心のシェルター」として機能させること。
傷ついた魂の回復を焦らずにじっと待ち、決して本人のペースを乱すことなく、その人の状態に合わせた自立を横で支える「伴走者」となることが、支援する側には求められています。
誰もが安心して倒れ、そして何度でも立ち上がれる社会の実現に向けて。
美咲さんのような有能で聡明な人が、これ以上社会の暴力に潰されることのない未来を作っていかなければなりません。
















食卓も夏から秋へ


