「弁護士JP生活保護連載」 第55回記事 令和8年5月25日

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生活保護受給40代シングルファザーの「引越費用」申請を役所が却下 “診断書”も“就労内定”もあったが…自立支援を妨げる行政裁量の“ブラックボックス化”

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生活保護受給40代シングルファザーの「引越費用」申請を役所が却下 “診断書”も“就労内定”もあったが…自立支援を妨げる行政裁量の“ブラックボックス化”

今回は、愛知県で実際に生じている「引越費用の不支給決定」をめぐる理不尽なトラブルを題材に、生活保護利用者の自立を阻む行政の不適切な対応と、密室化する手続きの問題点について解説しました。

本ページでは、メディア掲載された本記事へのリンクとあわせ、当法人行政書士三木ひとみが執筆した「元原稿」をそのまま公開しております。

公開された編集稿は、一般の読者にも極めて分かりやすく整理されており、プロの編集によって社会に広く届く洗練された記事へと昇華されています。そのあまりに的確で素晴らしい仕上がりに、今回はあえて元原稿を公開する意義を再考したほどです。

ただ、一切の手が加えられていない元原稿には、理不尽な行政対応に直面したご本人と共に書き上げた温度感が色濃く残されています。現場からの一次報告書としてこの執筆原稿もまた、行政の裁量権の濫用や巧妙化する水際作戦について、考察いただく一助となれば幸いです。

第55回自立を阻む行政と生活保護利用者の権利

生活保護制度は、生活に困窮するすべての国民に対し、健康で文化的な最低限度の生活を保障するとともに、その「自立を助長する」ことを目的としています。しかし、現実の福祉事務所の窓口では、この法の趣旨から著しく逸脱し、保護利用者の自立へのステップを不当に阻むような行政の対応も残念ながら散見されます。

今回は、いま東海地方で実際に起きている「引越費用(敷金等)の不支給決定」をめぐるトラブルの記録を基に、生活保護利用者が直面する理不尽な実態と、密室化する行政手続きの問題点について、生活保護法や関係法令、過去の裁判例を踏まえた専門的見地から解説します。

追い詰められる父子家庭「自立への一歩」はなぜ阻まれたのか

今回取り上げるのは、愛知県に住む誠さん(40代・男性)のケースです。誠さんは、めまいや睡眠障害、うつ病といった疾患を抱え、8歳の息子を一人で育てる父子家庭であり、居住する自治体の福祉事務所で生活保護を利用していました。息子さんは小学校でのいじめが原因で不登校となっており、地域の子どもに遭遇することを強く恐れるほどのトラウマを抱えています。

誠さんは、子どものためにも早く仕事ができるよう健康状態を回復させたいと願っていましたが、現居住地では深刻な隣人トラブルに見舞われていました。さらに、本来支援者であるはずの担当ケースワーカーからは「最低限の生活をしろ」といった発言を受けたほか、誠さんが電話口で体調を崩した際には、ケースワーカー同士で「子どもを取り上げる?」「まだ?」といった、利用者を中傷するような会話が行われていたことが、誠さんの日記に記録されています。

また、自治体が作成した記録においても、誠さんの『脳の萎縮』『回転性めまい』といった器質的所見、精神障害者手帳の認定など、客観的かつ重篤な病歴が保管されていました。それにもかかわらず、ケースワーカーはそうした事実を無視するかのような配慮を欠く対応が繰り返され、誠さんは強い威圧感を覚えることとなりました。

また、誠さんが疾患と子どものケアで就労が困難であることを医師の診断書とともに説明していたにもかかわらず、福祉事務所は通院先の医療機関に対して「医師から軽就労可能と聞いている」と不当な圧力をかけ、執拗に就労活動報告を求めました。結果として誠さんの体調はさらに悪化し、それまで可能だった在宅ワークすら制限せざるを得ない状況に追い込まれました。誠さんがケースワーカーの不適切な言動の改善と担当変更を求めても、福祉事務所は「それはあなたの捉え方の問題です」と書面で一蹴。さらに、自立に向けた医療証拠(診断書)の取得費用についても、事前の相談を行っていたにもかかわらず「福祉事務所が指示したものではない」と後出しで支給を拒否するなど、およそ支援とは呼べない対応が繰り返されていました。

医療・就労・教育のすべてを満たす「転居」の必要性

このような極限のストレス環境下で、誠さんの病状は悪化の一途をたどります。誠さんのめまいの原因究明には座位で撮影可能な「オープンMRI」を備える政令指定都市の医療機関での診断が不可欠となっていました。

同時に、誠さんは自立に向けて既にその政令指定都市内の就労継続支援B型作業所への通所が内定していました。また、不登校が続いていた息子についても、地方にはない帰国子女受け入れ校への進学という希望が見えていました。この学校は少人数制の授業が行われており、息子がいじめのリスクを回避して安心して学べる環境が整っています。息子さん本人も学校見学を経て通学に強い意欲を見せており、不登校改善の兆しが見えていました。

医療アクセスの確保、就労へのステップ、そして子どもの教育環境の整備。主治医も親子の状況を鑑みて「環境調整」を強く推奨し、診断書を発行していました。誠さんは、生活保護法に基づく正当な権利として、福祉事務所に対して「引越費用(敷金等)の支給」を求める保護変更申請を行いました。

生活保護法が定める「引越費用の支給要件」と理由なき却下

そもそも、生活保護利用者が転居するための費用(敷金や礼金、引越代など)は、どのような場合に支給されるのでしょうか。厚生労働省が定める保護の実施要領では、「転居に際し敷金等を必要とする場合」に特別基準として費用の支給を認めています 。具体的には、「病気療養上著しく環境条件が悪いと認められる場合」や、「就労の場所の付近に転居することが世帯の自立助長に特に効果的に役立つと認められる場合」などが明記されており、誠さんのケースは客観的に見てこれらに該当する事案でした。

とりわけ教育環境の観点から見れば、息子さんが希望する帰国子女受け入れ校への編入には「帰国後3年以内(2027年7月まで)」という厳格な期限が設けられています。これを逃せば、適切な教育機会を永久に失うことになります。ケースワーカー自身が「親以外の大人との交流が必要」と助言しておきながら、そのための交通費支援等は拒否するという矛盾した対応も起きており、転居は子どもの健全育成の観点からも急務でした。

しかし、客観的な証拠をすべて揃えた誠さんの申請に対し、福祉事務所が下した不支給決定の却下理由は、「課長通知第7-30に定める理由に該当するとは認められない」という定型的な一文のみでした。

行政手続法は、行政庁が不利益処分を行う際、同時にその理由を示さなければならないと厳格に定めています。これは行政の恣意的な権力行使を抑制し、名宛人が不服申立てを行えるようにするためです。「なぜ病気療養上の必要性がないと判断したのか」といった事実認定の過程が一切記されていない通知は、適正な審査義務の放棄であり、利用者を疲弊させるブラックボックス化の典型例です。誠さん側が詳細な理由の開示を求めても、福祉事務所は同じ定型文を繰り返すのみで、具体的な説明責任を完全に放棄していました。

「通知に該当しない」という結論だけを述べるのは、理由の提示とはいえません。「なぜ、医師の診断書があるのに病気療養上の必要性がないと判断したのか」「なぜ、作業所が内定しているのに自立助長に該当しないと判断したのか」という、事実認定と評価の過程が一切記されていないからです。これは、県も認め、福祉事業所には理由を説明する義務があるとの見解を示しながらも「県は何もできない立場。こういう意見が県に対してなされた、ということを福祉事業所側に伝えることならできます」と、あまり頼りになりません。

誠さん側は、3月18日、これらの客観的事実を提示した上で「詳細な理由の開示」を求める追加書面を提出しました。前担当ケースワーカーは「詳細の理由を本人に示す」と行政書士に対しても回答していたにもかかわらず、10日以上待っても何の連絡もありません。

やむなく、再度「詳細な理由を説明すると言われので、待っています」と連絡をしたところ、3月31日に福祉事務所長名で発行された書面が届きました。それは、なんと、前回と一言一句違わぬ「課長通知第7-30に定める理由に該当するとは認められないため」という文言でした。
約束を反故にし、具体的な理由を一切明かさずに同じ定型文を送りつける行為を、行政書士も誠さんと共に目の当たりにし、呆気にとられるばかりでした。

現在、誠さん側は「再申請や不服申し立て(審査請求)を行うためにも、まずは却下の具体的な理由を教えてほしい」と、上位機関である県からも福祉事務所に連絡を入れてもらっています。しかし、福祉事務所からは現在に至るまで一切の回答がありません。理由が分からなければ反論のしようがなく、利用者の法的な救済ルートすら事実上封じようとする不誠実な対応です。

司法が戒める「裁量権の逸脱・濫用」と人間の尊厳

生活保護行政においては、個別の事案の判断において福祉事務所(実施機関)にある程度の裁量が認められています。しかし、それは行政が「何をどう決定してもよい」という自由裁量ではありません。

過去の生活保護をめぐる数々の裁判例を紐解くと、司法は行政の恣意的な権力行使に対して厳しい目を向けています。たとえば、生活保護費の返還決定をめぐる事案において、福岡地裁(平成26年2月28日判決)は、「その判断が裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討し、その判断が重要な事実を欠くか、又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くと認められる場合に限って、裁量権の逸脱又は濫用として違法となる」という明確な判断枠組みを示しています。

本ケースにおいて、福祉事務所の決定は、「主治医の診断」や「就労先の内定」といった自立に向けた極めて重要な事実を無視(あるいは不当に軽視)している疑いが強く、社会通念に照らしても著しく妥当性を欠くと言わざるを得ません。

精神疾患を抱え懸命に生きる利用者に対して「子供を取り上げる」と迫り、医療機関に「詐病ではないか」と連絡する行為は、支援者としての職務から完全に逸脱しています。保護の実施要領においても、「生活保護の相談に当たっては、相談者の申請権を侵害しないことはもとより、申請権を侵害していると疑われるような行為も厳に慎むこと」と明記されています。利用者の尊厳を傷つけ、恐怖で支配しようとする行為は、憲法25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」の根幹を根底から破壊する看過できない問題です。

先の見えない行政の不作為と引き延ばしが続く現在も、誠さんのめまいの症状は改善しておらず、体調は決して芳しくありません。それでも誠さんは、「無理はしないようにしつつ、何とか息子のケアだけは死守したい」と、父親として必死に日常を支え続けています。それでも、連絡をしても返事も来ない、後日回答する、書面を出すといった約束も守らない行政の不作為は、こうしたギリギリの状態で生きる親子の心身を、日々蝕んでいるのです。

理不尽な密室の決定には屈せず正当に権利を主張する

かつて、生活保護の窓口で申請用紙すら渡さずに追い返す「水際作戦」が社会問題化しました。全国的な批判と裁判闘争を経て、あからさまな申請拒否は減少しつつあります。しかし、本件のように「申請は受理するが、具体的な理由を示さずに不透明な裁量で却下し続ける」という、形を変えた巧妙な水際作戦、あるいは、兵糧攻めとも呼べる事態が、いま各地の現場で起きています。

生活に困窮し、病気を抱え、日々の生活を維持するだけで精一杯の利用者が、役所から突きつけられた不支給の通知書を前に、一人で反論することは極めて困難です。「お上が決めたことだから仕方がない」「これ以上反抗したら生活保護自体を打ち切られるかもしれない」という恐怖から、正当な権利であるはずの自立への道を諦め、泣き寝入りしてしまう方が数多く存在します。

しかし、行政の決定が常に正しく、絶対であるわけではありません。生活保護は、恩恵や施しではなく、法律によって明確に保障された国民の「権利」です。
診断書等の客観的な証拠に基づいて法的な要件該当性を論理的に主張することは、行政の恣意的な運用に対する強力な牽制となります。行政不服審査法に基づく都道府県知事への審査請求という正当な手続きを通じて、誤った決定を覆す道も用意されています。


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