「弁護士JP生活保護連載」 第56回記事 令和8年6月8日
弁護士JPニュース
→夜間・休日診療の“特別料金”1万円が、救急車呼べば「タダ」…“生活保護受給者”の受診実態にみる“制度の矛盾”

Yahoo!ニュース
→夜間・休日診療の“特別料金”1万円が、救急車呼べば「タダ」…“生活保護受給者”の受診実態にみる“制度の矛盾”

高齢化では世界をリードする日本。疲弊する医療・介護現場。
現行の生活保護制度ではいずれ大きな社会問題になりかねないと危惧している点を、記事にしました。ヤフーニュース記事では文字数の加減から盛り込めなかった、生活保護受給者の医療ネグレクトともいえる実態も、こちらに公開の元原稿では当事者の声と共に余すことなくご覧いただけます。


「1万円が払えないなら救急車を呼ぶしかない?」夜間休日診療の費用負担と生活保護
SNSやニュース等でしばしば議論の的となる、大病院における夜間・休日の救急外来で診察代や薬代とは別に発生する1万円前後の選定療養費(特別料金)。「生活保護受給者なら、医療費は無料では?」と聞かれることも多いのですが、休日や夜間に体調が急変して大病院の救急外来を受診すると上乗せされる、通常の診療費とは別に発生する7,000円から10,000円ほどの費用は、生活保護受給者でも公費支給はなく自己負担が原則です。これは、緊急性の低い軽症患者による安易なコンビニ受診を抑制し、疲弊する勤務医の負担を軽減するための施策であり、医療制度を維持するうえで一定の合理性があると考えられています。
しかし、この制度が医療現場に思わぬ結果をもたらしていることは、あまり知られていないのではないでしょうか。
生活保護受給者がこの選定療養費の相談をケースワーカーにしたとき、「1万円は生活保護制度で支給できないから、やむを得ないときは救急車を呼んで。それなら、お金かからないから」という助言を受けることがあります。
今回は、軽症での救急車利用というモラルハザードの裏に潜む現実の矛盾と、行政手続きを優先するあまり生じている医療ネグレクトともいえる実態について解説します。

■生活保護において「選定療養費」は自己負担
生活保護の医療扶助は、指定医療機関において原則として現物給付、すなわち患者の窓口負担なしで行われます。そのため、一般的には「生活保護を受けていれば、大病院の特別料金も国が全額払ってくれるのだろう」と誤解されがちです。実際、自治体によりますが生活保護の受給決定時に、「休日夜間に緊急医療にかかったとき、これを窓口で見せれば医療費の自己負担がなくなります」といった独自の証明書(休日夜間等受診証など)を交付してくれるケースが多いです。交付がない自治体であっても、後日役所で手続きをすれば医療費自体は公費で賄われます。
しかし、無料になるのはあくまでも診察料や薬代などの医療費に限られます。厚生労働大臣が定める告示(「生活保護法第52条第2項の規定による診療方針及び診療報酬(昭和34年厚生省告示第125号)」)と生活保護手帳別冊問答集においても、保険外併用療養費(選定療養費を含む)は原則として医療扶助は適用されないと明記されています。
つまり、生活保護受給者が夜間や休日に大病院を受診し、選定療養費として1万円を請求された場合、その費用は公費である医療扶助からは一切支給されず、全額が自己負担となります。ギリギリの金額で設定された生活扶助費から、突発的に1万円を捻出することは現実的に困難です。
■「救急車なら無料」医療現場を追い詰めているものとは
一方で、この選定療養費の制度には例外があり、「緊急その他やむを得ない事情がある場合」に受けた診療については、紹介状なしの大病院受診であっても特別料金の徴収対象外とされています。実際の運用上、「救急車で搬送された場合」は原則としてこの緊急事情に該当するとみなされ、選定療養費は徴収されません。
筆者が大阪市の生活保護課に問い合わせを行った際にも、「救急車を呼んだ場合は、医療費以外は発生しないから、自己負担の問題は生じない」との指摘がありました。
もちろん、緊急性のない軽症で救急車を要請することは、真に命の危険が迫る重症患者への対応を遅らせ、地域の救急搬送システムを崩壊させかねない言語道断の行為です。しかし、数千円の所持金しかない状況で激しい痛みや不安に襲われた際、自力受診による「1万円のペナルティ」を突きつけられれば、制度の仕組み上、受給者が救急車を選択せざるを得ない状況に追い込まれるのは必然ともいえるのではないでしょうか。
ケースワーカーも、「緊急時は、迷わず救急車を呼んでください」と助言しています。

医療ネグレクトの悲惨な現実
この問題は、タクシー代わりの救急車利用の問題にとどまりません。行政手続きを過度に重んじる現場の硬直化が、受給者の命を直接的に脅かしている悲惨な現実もあります。
ある心筋梗塞の後遺症(右半身麻痺)を抱える女性は、老健(介護老人保健施設)の入所中に下血を伴う激しい腹痛と発熱に襲われました。しかし、施設側は即座に救急車を要請するのではなく、「市役所や担当者と話し合わなければ受診できない」と対応を保留しました。折悪く翌日から三連休となり行政との連絡が途絶えた結果、5日間も自室で一人もがき苦しむことを強いられ、6日目にしてようやく受診が叶ったといいます。
受診の遅れにより、腸管はカメラが通らないほど細窄する深刻な状態へと悪化しました。老健に限ったことではなく、一般の利用者であっても外部の病院を受診させる際に施設側が費用を負担しなければならない(持ち出しになる)という介護保険制度上の実態があり、施設側が安易な外部受診を渋る傾向にあるのは事実です。しかし、そこに「生活保護受給者であるため、さらに市役所や担当者と話し合って医療券の手配等を確認しなければならない」という行政手続きが重なったことで、目の前で救急車を呼んでほしいと訴える高齢者を5日間も放置する結果を招いたのだとすれば、これは制度の硬直化が生んだ医療ネグレクトと言わざるを得ません。
「生活保護受給者でなければ、連休であってもすぐに救急受診させてもらえたのではないか」という当事者の憤りは、決して単なる被害妄想とは言い切れないのです。
国は、急病に対しても指定医療機関での受診を促していますが、実態として「生活保護受給者であること」を理由に必要な医療へのアクセスが遮断されている現実があります。

急病時の交通手段と移送費
生活保護制度には、通院交通費を支給する移送費の仕組みがあります。ただし、事前の申請なしに行った請求は厳しく制限されています。多くの受給者は、「後で本当にタクシー代が支給されるのか」という不安だけでなく、生活費に余裕がないために自腹での立て替えすらできない状況にあります。
前述の相談者は、大腸や膀胱の重篤な病気を抱え入退院を繰り返していますが、内科に入院している間は、ルールだと言われ、泌尿器科での検査を同時に受けることができません。別の日を設けて受診しようにも、車椅子での移動にかかる交通費を捻出できず、必要な医療から遠ざかっていました。また、全身の健康状態に直結する歯科治療を希望したにもかかわらず、「自分で気になる所を磨くように」と事実上治療を拒否されるなど、健康で文化的な最低限度の生活とは程遠い状況に置かれていました
(※その後、行政への働きかけにより、状況は改善しました。)
必要な医療機関へたどり着くための交通費すら払えず(移送費の適切な申請方法をケースワーカーから教えてもらえない)、包括的な診療も受けられない。こうした制度の細切れの運用が、結果的に「自己負担ゼロで確実に病院にたどり着ける救急車」への依存を生み出してしまっているのではないでしょうか。

救急医療とセーフティネットの矛盾を断ち切るために
国民皆保険を柱とする日本の医療保障システムにおいて、生活保護における医療扶助は、社会保険医療の例外として「医療保障の最後の砦」として重要な役割を担っています。
生活保護手帳別冊問答集には、休日や夜間など福祉事務所の閉庁時に急病のため受診する必要が生じた場合の対応について、「とりあえず指定医療機関で受診し、翌日速やかに傷病届を提出して当該医療機関に医療券又は診療依頼書を届ける」ことと明記されています。また、これに対応するため「あらかじめ地域の医師会等と協議し、適切に受診できるような措置を講じておくことが適当である」と実施機関に対し指導されています。
また、保護の実施機関は、急迫した事情等がある場合には、事前に医療券を発行する余裕がなくても、指定医療機関等に状況を説明して必要な医療を受けさせる「急迫保護」の手続きを定めています。
しかし、これらの対応はあくまで「保険適用内」の診療を前提とした仕組みです。選定療養費という「保険外」の自費負担分について、行政が事後的に立替払いや免除をしてくれるわけではありません。医師会との協議が十分に機能し、選定療養費がかからない初期救急医療機関(休日夜間急患センターなど)へのアクセスがすべての地域で確保されていればよいのですが、現実には大病院の救急外来に頼らざるを得ない地域も多く存在します。
こうした現状に対し、「それならば、選定療養費が医療扶助で支給できるようになれば解決しそう」という意見もあるでしょう。しかし、選定療養費の本来の目的は、緊急性の低い軽症患者による安易な「コンビニ受診」を抑制し、疲弊する勤務医の負担を軽減することにあります。生活保護受給者のみを公費で免除することは、この抑制効果を失わせる恐れがあり、また、特別料金を自己負担している一般の低所得者層との間に強い不公平感を生む懸念もあるため、単純に医療扶助の対象を拡大することは現実的な解決策とは言えません。
大病院の選定療養費に関する「緊急その他やむを得ない事情」の運用を、生活困窮者に対してより弾力的に適用するルールの明確化が求められます。たとえば、救急車を利用せずに自力で夜間外来を受診した場合であっても、受診後に医師が「即時入院には至らないが、深夜の急な発熱や疼痛等で受診したこと自体は医学的に妥当であった(不適切なコンビニ受診ではない)」と判断した場合には、事後的に選定療養費を免除する、あるいは医療扶助の「特別基準」の枠組みを準用して柔軟に対応する仕組みづくり。
そして、初期救急医療機関への確実なアクセス保障。深夜帯であっても、自治体や提携する民間サービスを通じて、タクシー等の交通手段を自己負担なし(あるいは後日確実な精算を前提としたキャッシュレスの仕組み)で利用できる体制を整える必要があります。「とりあえず指定医療機関で受診し、平日速やかに役所に届をする」という現行の事務手続きを実質的に機能させるためには、受診の前段階である自力移動のハードルを行政が能動的に取り除くことが急務です。
医療費の抑制や勤務医の負担軽減というマクロな政策課題が、結果として最も弱い立場にある人々に矛盾を押し付けている現実を見過ごしていると、その代償をいずれ払うことになります。
生活保護は、命を守る最後のセーフティネットです。行政、医療現場、そして国が密に連携し、「1万円払えないから救急車を呼ぶしかない」という矛盾を断ち切るための、実効性ある対策が求められています。













