「弁護士JP生活保護連載」 第57回記事 令和8年6月22日
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→「生活保護に一生、甘んじたくない」いじめの“後遺症”から自立をめざす20代男性の“学び直し”を阻む、行政の本末転倒な論理

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→「生活保護に一生、甘んじたくない」いじめの“後遺症”から自立をめざす20代男性の“学び直し”を阻む、行政の本末転倒な論理

20代と生活保護のテーマでNHKでも特集番組が予定されているようです。行政書士として取材協力しながら、20代の制度利用者である若者の率直な言葉にハッとさせられました。テレビ、メディアに出てこない問題を、記事にしました。本人提供の直近の大阪市西成区の行政文書(いじめにより高校中退し、精神障害認定されるも午前は就労支援の作業所、午後は夜間高校に通い自立を目指す男性に、無慈悲な却下書面)も公開。
ヤフーニュース記事とはちがい、読みずらさが多いですが、元原稿がこちらです。
若年層の生活保護〜いじめ・不登校が奪うもの
生活保護にたどり着く若者たちの実態は、世間一般のイメージとは大きくかけ離れています。幼少期のいじめや不登校、社会に出てからの理不尽なパワーハラスメントによって心身を破壊され、自力で立ち上がることが困難になった若者たちは、メディアの取材に応じることもできません。
先日、NHKの某有名番組制作班の取材依頼がありました。当初は取材辞退の意を伝えたものの、若者の貧困というテーマが確実に社会へ届けられる意義を感じ、協力に転じました。
「20~30代の制度利用者から話を聞かせてもらえないか」NHK側から打診を受け、日頃から相談を受けている複数の若い方に意見を聞きました。しかし、大半の若い生活保護利用者は、カメラの前で、あるいはオンラインの匿名であっても、自らの境遇を語ることはできませんでした。
取材を固辞した彼らの事情こそが、声なき実態として改善されなければいけない日本社会の闇なのです。
取材を拒む若者たちの恐怖
若いのに生活保護なんてという、社会の偏見に怯え、息を潜めるように生きているという20代の女性は、丁寧に胸の内を明かしてくれました。
呼吸を整えつつ、慎重に言葉を選びながら彼女が語ってくれたのは、障害を抱えながらも一日も早く社会復帰したいという強い願いと、保護を受けている現状への耐え難い苦悩でした。
「社会的な意義がある企画だと、頭では理解していても、みじめな思いをして不特定多数のテレビの目に晒される場に出ることは、現状ではリスクしかないです。若い人はネットで容易に情報収集ができるのに、なぜテレビで生活保護の制度利用者を晒し物にする必要があるんですか。」
その訴えは、自己防衛として極めて真っ当な正論であり、深く胸に刺さりました。自らの言葉で発信することができないほど傷つき、警戒心を抱いている若者たちを矢面に立たせることはできません。だからこそ、彼らに代わり、この隠された実態を社会へ届ける責務があるのだと痛感しました。
小学生の頃にいじめに遭って以来ひきこもり状態にあり、唯一の支えであった同居の母親を自宅でひとり介護し、看取るという壮絶な経験をした別の20代男性もまた、制度に対する世間の風当たりの強さを理解しており、だからこそ取材に応じることはあまりにも心理的ハードルが高いと吐露しました。
さらに、小学校時代のいじめが原因で中学校も高校も通えず、現在も原因不明の体調不良に苦しむ若者からは、外部と連絡を取るだけでも極度の緊張を強いられる状態にあり、これ以上のストレスには耐えられないと申し訳なさそうに断りが入りました。心身のコンディションを整え、一日一日を何とか生きることを最優先にせざるを得ない彼らにとって、世間の目に晒されることは、たとえ匿名であっても耐え難い恐怖なのです。
働ける状態にありながら一時的に失職している若者は、現状への不本意さやプライドから表に出ることを拒みます。一方で、病気や障害、過去のトラウマにより長期的な保護を必要としている若者は、そもそも他者と対話をするだけの精神的・肉体的なエネルギーが枯渇しています。これこそが、決してメディアには映らない若年層の生活保護のリアルな実態です。
時代を超えるいじめの連鎖と、奪われる社会性の土台
なぜ、彼らはこれほどまでに追い詰められてしまったのでしょうか。その根底には、教育現場や職場における「いじめ」と「排除」のメカニズムがあります。
現在も制度を利用しているひとり親家庭のケースでは、子どものいじめを機に最終的に親まで仕事を続けることができなくなりました。小学校に入学してから、クラスメートから意地悪をされ、毎日のように泣いて帰ってくる小学校1年生の子の相談を母親が担任教師にしたところ、事実を加害児童が認めたにもかかわらず、その後の適切な対応がなされず不登校に追い込まれました。親が学校に相談しても「クラス全員を一人一人見ていられない」と開き直られてしまい、あろうことか保護者がクレーマー扱いされるという二次被害に遭ったといいます。自宅ドアに汚物をかけられるといった警察が介入する嫌がらせまで発生し、身の安全を守るために親が仕事を辞めて遠方に転居せざるを得ませんでした。
しかし、転校先でもよそ者扱いで仲間外れにされ、新しい学校でも「不登校なのに学校に行かせた親が悪い」と責任転嫁され、学校や地域社会から徹底的に排除され、親子ともに心身を追いつめられた結果、生活保護を受給する以外に生きる道が断たれてしまったのです。暴力的な環境から逃れるための唯一の選択肢が、生活保護だったといいます。
いじめは一対一の喧嘩ではなく、集団で一人のターゲットを執拗に攻撃し、陰湿かつ長期にわたって行われる傾向にあります 。人格形成期である小中学校において、集団いじめや仲間外れにより不登校に追い込まれると、集団生活の中で他者と協調し、信頼関係を築くという社会人としての基礎を育む機会が奪われてしまいます。
いじめの後遺症は大人になっても完全に消えることはなく、トラウマがフラッシュバックし日常生活にすら支障をきたす深刻なケースは珍しくありません。
職場における大人のいじめも同様であり、「自分は大丈夫」と多勢につくことで安心感を得る、スケープゴートを作り出す不健全な組織システムによって 、真面目で優しい人間ほど追い込まれやすい現実があります 。長期間にわたる過度なストレスは、健康な人から働く気力を奪い、重度のうつ病や適応障害を発症させます 。結果として、彼らは職も収入も失い、経済的な困窮へと突き落とされるのです。
生活保護の水際作戦によってさらに追い込まれる若者たち
心身を壊し、ようやくの思いで行政の窓口へ助けを求めた若者たちを待ち受けているのは、温かい支援ばかりではありません。生活保護制度の申請において、多くの若者がまず直面するのは「扶養照会」の強要です。
成人して間もない若い夜間大学生は、親族から一切の経済的援助がない状態で困窮し、自ら福祉事務所へ申請に行きました。しかし、担当職員から「親族への扶養照会をしなければ手続きを進められない」と告げられ、家族に知られることを恐れた彼は申請を取り下げるしかなかったといいます。国が定める最低生活水準を下回る極限状態の中で、身を切るような寒さの年越しを余儀なくされ、年明けに支援者と共に再度申請書を提出したところ、扶養照会は回避されました。
「法的な知識のある大人が言えば扶養照会は回避されるのに、誰にも頼れない若者が一人で必死に訴えても、相手にしてもらえなかった」といいます。さらに、その後、保護決定を受けた後も、行政側から「扶養照会をしなければ保護を打ち切る」と口頭で何度も圧力をかけられ続け、昼夜を問わず不安に苛まれ、勉学に身が入らなくなってしまったといいます。
自立を助長するための制度であるはずが、働く意欲を持ちながらも病や事情を抱える若者に対し、心理的な圧力をかけて精神をすり減らさせる対応は、制度の趣旨に反しています。自己責任論や家族の扶養を過度に強調する行政の姿勢が、ただでさえ傷ついた若者たちに追い討ちをかけるのです。
学びによる自立を阻む行政の論理〜夜間高校に通う男性受給者
過去のトラウマに負けまいと懸命に生きようとしているのに、なぜ阻むのか。生活保護受給者の「自立への一歩」を後押しする制度がそこにあるのに、現場の判断で使わせないという見えにくい問題もあります。大阪市某区で起きている事例は、その象徴とも言えるものです。
男性は、幼少期から家庭環境に恵まれず、小中学校では凄惨な集団いじめに遭い続けました。学校にも家庭にも逃げ場がなく「いつでも死ねるから、もう少し生きよう」と思いながら、死なずに生きてきたといいます。
「今日こそ死のうと思い、電車のホームや高いビルの上に立ち続けたことも、何度もありました。人に迷惑をかける死に方をすると、親族に賠償請求がいくことを知ってからは、何度もオーバードーズや、手首を切りました。死にきれず、病院にもいけず、後遺症だけが残りました。」
学校で暴力的ないじめを受け、涙を堪え、家でも感情を殺して過ごす日々。基礎学力を身につける余裕などありませんでした。そのまま社会に出たものの、過去のいじめによる重度の精神的ダメージから就労困難となり、のちに障害認定を受けるに至りました。
しかし、彼は「一生、生活保護に甘んじたくない。障害があっても自立のために高校を卒業し、自分の力で生きていきたい」という強い意志を持ち、一念発起して夜間高校へと通い始めたのです。失われた教育の機会を取り戻し、社会的な自立の土台を築こうとする、前向きな挑戦でした。
ところが、この自立への歩みに対し、管轄する福祉事務所(区役所)の担当ケースワーカーが告げたのは、法令に明文規定のない、暗黙の組織の論理でした。
夜間高校の教員らから、生活保護の教育扶助と生業扶助の制度を利用すべきと助言を受けた男性が申請をするも、門前払い。相談を受けた行政書士が法的根拠の説明を求めると、生活保護の問答集にある「高年齢の高校進学における扶助支給は、やむを得ない事情と確実に自立が見込める場合に限る」という規定を盾に、教育扶助および生業扶助の支給対象外であると説明しました。
やむを得ない事情と自立が見込める場合に限るという例外すらも認めない理由は、「医師から就労困難との見解が出ている以上、役所としては就労指導ができない。就労ではなく治療に専念すべき人であるため、学校へ行くことが確実な自立に結びつくとは認められない」という、本末転倒な解釈でした。さらに、この重大な不支給の判断を、書面ではなく口頭のみで済ませようとする不誠実な対応も重なりました。その後、再度行政側で検討をすることになり、現在はその回答を待ちながら、男性は昼は就労支援の作業所で働き、夜間高校に週四回通っています。
病気や障害を抱えているからこそ、まずは教育によって力を蓄え、将来的な自立を目指そうとしている人間に対して、「今は病気なのだから学ぶための扶助は出せない」と言い放つ行政の姿勢は、生活保護法が第一条に掲げる「自立の助長」という本来の趣旨を覆すものです。年齢や現在の病状だけを理由に可能性を摘み取り、生活保護からの脱却を阻んでいるのは、他ならぬ行政自身ではないでしょうか。

孤立は自己責任ではなく、社会全体で向き合うべき傷
「たかが、いじめ」と矮小化してはなりません。いじめやハラスメントは、個人の尊厳を破壊し、生存権をも脅かす明確な不法行為です。彼らが社会の表舞台から姿を消してしまったのは、個人の怠惰や努力不足が原因ではありません。異質を排除しようとする社会の同調圧力と無理解こそが、彼らの羽ばたく力を奪い取ったのです。
深く傷つき、身動きが取れなくなった若者たちに今必要なのは、「なぜ働けないのか」という自己責任論の追及ではありません。彼らが抱える、見えない傷の深さを社会全体が共有し、まずは安心して心身を休め、もう一度他者への信頼を取り戻せる環境を法と制度により保障することです。最後のセーフティーネットが本当の意味で機能する社会とは、声なき弱者が尊厳を持って生きられる社会にほかなりません。

夏の風物詩





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最高のごちそう

『今日はレベル高めのご飯』
by 20代前半行政書士法人ひとみ綜合法務事務所スタッフ原優美作


