「弁護士JP生活保護連載」 第61回記事 令和8年8月17日

令和八年もっとも暑いお盆の時期に、生活保護世帯におけるエアコン設置費用の実態に関する記事が、前後半にわたり配信されています。

弁護士JPニュース
生活保護世帯に「エアコン購入に7万3000円」無償で補助…自治体が“独自の取り組み” 財源はどこから?

Yahoo!ニュース
生活保護世帯に「エアコン購入に7万3000円」無償で補助…自治体が“独自の取り組み” 財源はどこから?

収入はさほど変わっていないのに、物価高は止まらない・・・国民が悲鳴を上げる中、国から全国の自治体に配られた地方創生臨時交付金。

当然、物価高対策だったはずが・・・本来の目的を忘れてしまったかのような使われ方も見受けられます。限られた財源を困窮者のエアコン設置補助に充て、命を守るインフラに直結させた岐阜県や東京都の英断。一方で、133億円もの巨額を、現金先払いが前提となり生活困窮者を置き去りにする「プレミアム付商品券」に投じた大阪市。

ヤフーニュース記事では『大阪市』と自治体名は出していません・・・。日本の社会保障の深層にご関心をお寄せくださる皆様には、ぜひありのままのこちらの元原稿をあわせてお読みいただければと、前回に引き続き、当事務所のホームページでは恒例通り、いかなる編集も経ていない「完全な元原稿」を公開いたします。

47都道府県全国調査から見えた命の格差 ―「現金先払い(1口1万円から)の商品券」に133億円を費やした政令指定都市と、同じ交付金でエアコン設置した岐阜県の良心

調査協力へのお礼を丁重に伝え、私が電話を切ろうとしたそのときでした。電話口の非常勤職員の男性は、唐突にこう切り出したのです。

「先生!最後に一つだけ!お願いがあります。命を守らないといけない、それが一番です。生活保護を受けていても借りられる、公的な貸付制度があることを、もっと世間に広く伝えていただけないでしょうか」

連日のように気象庁が「災害級の酷暑」「命を守る行動を」と警告を発する炎天下。行政書士である筆者が、全国47都道府県の庁舎にある生活保護管轄部署へと数日かけて電話をかけ、エアコン支給の実態を悉皆(しっかい)調査していた最中のことでした。

声の主は、東北地方のとある県の、非常勤雇用の男性職員でした。年季の入った、ベテランとおぼしきその声には、弱者の立場をおもんばかる人としての温かさが滲んでいました。真心、本心から、つい出たという感じの言葉でした。今なおあのときの温かな響きが耳の奥に残り、思い出すたびに熱いものが込み上げてくるのを禁じ得ません。

現行の厚生労働省の運用マニュアルにおいて、生活保護受給者のエアコンは、長年使って自然に故障した場合の経年劣化による買い替え費用が、公費から認められていません。全国の自治体に問い合わせても、大半の窓口からは、国から発出された通達にそう明記されており、例外はないという杓子定規な回答が繰り返されました。つまり、現場の窓口は国の一律なルールに厳格に縛られ、声を上げられない困窮者を「原則自己負担」という結論へ誘導せざるを得ない構造になっているのです。国が敷いたレールの上を、地方行政は真面目に滑走しているわけです。

しかし、話を進める中で、時折ポロっと本音を言ってくれる職員さんもいました。

「故障の場合もそうだけれど、国のエアコン助成が始まったのが平成30年頃なんですよね。だから、それ以前から保護を受けている人たちは対象外になってしまって、エアコンがないまま夏の暑さを耐え忍んで生活している人がいるのも事実です。国が広く例外を認めてくれるなら、本当はいいんですけどね・・・。」

冒頭で紹介した、東北地方のベテラン非常勤職員の言葉も、まさにこうした弱者を案じる純粋な善意と良心から発せられたものでした。彼の語り口から、制度の矛盾への批判や、ひねくれたニュアンスなどは感じられませんでした。むしろ、「生活保護を受けていても、社会福祉協議会からお金を借りられる仕組みがあるんですよ! これを使えばエアコンをつけられるんだから、命を守るための本当に素晴らしい方法でしょう!」と、本心から前向きに、その周知を私に託してくれたのです。

つまり、現場の最前線で働く善良な職員ですら、「借金をして購入すること」こそが、弱者を熱中症から救うための最善策なのだと純粋に信じているわけです。

優しく真面目な、人生の先輩でもあろう非常勤職員の男性に対して、私は「でも、借りたら返さなくてはいけないのでしょう?その辺りはどうでしょうか」と切り返す気には到底なれませんでした。

あらゆる物価が高騰する不安定な世界経済状況下において、日々の食費すらぎりぎりまで切り詰めている困窮世帯に対し、最低限度の生活費の中から「毎月の借金返済」を強いることは、生活保護法第60条が規定する「自立の助長」という法の根本精神を揺るがす行為です。それにもかかわらず、現場の温厚で善良な職員たちですら、「最低生活費から借金をさせること」を、命を守るためのベストな解決策だと信じ込まざるを得ない。それほどまでに、現在の国の方針は「公費による支給」の扉を頑なに閉ざし、深刻な機能不全に陥っているという象徴にほかならないのです。

本稿では、私自身が直接、1週間かけて全国47都道府県に問い合わせた記録をもとに、2026年夏の生活保護エアコン支給の実態、自治体ごとに分かれる法令解釈の温度差、そして物価高騰対策として国から全国の自治体に配られた巨額の臨時交付金をめぐる地方自治の良心について、法的な視点から考えていきたいと思います。

全国47都道府県調査から見えたもの「マニュアル絶対主義」真面目な日本人気質

筆者が実名を名乗り、全都道府県の担当部局に対して実施した調査では、厚生労働省が発出する事務連絡および生活保護手帳の規定を、各自治体がどのように解釈し、現場で運用しているかを克明にヒアリングしました。問い合わせた日時、担当者名、役職、発した言葉で印象的だったものは、極力Excelに記録し、データベース化しました。

「この調査を報道するのですか?」という問いには、真摯に説明をしました。職員の方のお名前を勝手に記事に出すことは、決してありませんと。また、「ほかの県では国の通達とは別の基準で支給しているのですか?」「自治体独自の支援をしているのは、どこですか?」など質問も多く受けました。一つの県の職員の方からも、記事執筆や行政書士の調査を批判されることはなく、「県にはなかなか実際の国民の声は上がってこないから、福祉事務所に聞いてみてはどうか」提案をして下さる方もいましたが、現場のマンパワーが足りていないことや、実際に困窮している方の申請を扱う現場にこのような電話をすれば業務妨害になりかねないので自粛しますと伝えました。

生活保護制度におけるエアコン購入費は、一般生活費ではなく、一時扶助の中の「家具什器費(かぐじゅうきひ)」という狭い枠組みに分類されています。多くの都道府県職員がマニュアル通りに読み上げた通り、国の制度でエアコン支給の対象となるのは、熱中症予防が特に必要とされる高齢者や障害者、乳幼児などが世帯にいるという「人の要件」と、特定の状況下に限られるという「場合の要件」を両方満たしたときに限定されます。

その「場合の要件」とは、生活保護開始時に最低生活に直接必要なエアコンを全く所有していない場合、単身者が長期入院や入所から退院して新たに一人暮らしを始める場合、災害により居住家屋が被災してエアコンを失った場合、あるいは犯罪被害や家庭内暴力からの避難に伴う転居によって前の住居のエアコンが使用できない場合などです。

これら特別な事情に該当し、かつ保護を開始してから初めて夏を迎える場合に限り、上限78,000円の範囲内で公費からの支給が認められます(昨年は73,000円が上限、情報がアップデートされていない県職員も少なからず見受けられました)。

問題は、すでに生活保護を受給して何年も経つ世帯で、長年愛用していたエアコンが夏場に突然壊れたという、どの生活保護世帯でも起こり得るケースです。この問いに対し、多くの担当部局が発した回答は、驚くほど画一的で、マニュアル絶対主義的な真面目な地方行政の実態を如実に物語るものでした。

関東某県の健康福祉指導課の担当者は、故障の場合は国の制度の対象外であるため、月々の保護費の中から貯めたもので購入してもらうか、社会福祉協議会からの貸付を案内していると答えました。その説明で、暑さに耐え兼ね連絡をしてきた受給者の方々は納得されますか?という問いには、正直納得はされないが、我々としては国の基準に則ってやっているとしか申し上げられないと苦渋を滲ませました。

同じ関東の3県の対応も同様であり、ある県の担当者は質問を聞くやいなや生活保護手帳の頁を読み上げる機械的な応対に終始し、現場の福祉事務所がどう対応しているかについては把握していませんと冷たく返されました。

東北地方や北陸地方の自治体においては、苦情すら上がってこないという異様な静けさが目立ちました。中部地方のある担当者は、国の救済制度そのものについて曖昧な認識を示した上で、保護費の中からやり繰りしていただくよりほかないと、全く人ごと風に答え、県民からの要望は聞いたことがないと語りました。日本列島の北よりの地域では、本庁には相談が上がってきていないという回答が相次ぎました。

しかし、これらの地域が涼しいからエアコンが不要などという理由は現代の猛暑では通用しません。実際、そうした北の地においても、特定の猛暑の年度には、たしかにエアコンがない生活保護世帯からの相談が相次いだと漏らしてくれた職員もいました。

また、東北や日本海側の市民が持つ特有の我慢強さと自己責任論もひしひしと伝わってくるものがありました。自分たちの県では、生活保護世帯が少ないと豪語する職員がいましたが、その県の高齢化の進行状況や主要産業を考えると、生活保護費よりも少ない国民年金だけでやりくりしており、生活保護を申請さえすれば制度を利用できるのに利用に至っていない人も多いのではないかと思わざるを得ませんでした。

そもそも声を上げても役所は助けてくれないという国民間に漂う諦めモードが、権利の主張そのものを押し殺しているのかもしれません。みんな我慢しているから、税金で生かされているのだからと国民が謙虚に沈黙することで、行政側は特に県民から直接の相談もそれほどないから問題ないと、国から出されたマニュアルを粛々と執行する裏で、静かなる生存権の侵害が進行しています。

実際、今回の全国調査を通じて最も印象的だったのは、連日35度を超える猛暑にもかかわらず、「今年は悲痛な声や相談は本庁に全く届いていない」「要望や苦情はない」と答えた都道府県職員が非常に多かったことです。世間では「受給者は図々しい」「税金で暮らしているくせに権利ばかり主張する」といったバッシングが高まっていますが、実際の現場で見えたのはそれとは真逆の現実でした。当事者の方々はわがままを言うどころか、声を上げることもできずに静かに暑さに耐え忍んでいたのです。

一昔前と違い、今ではどんな地域でもエアコンがなければ命を落としかねない危険な時代を迎えています。それなのに、最も国民を守るべき立場の人間がマニュアル通りに『例外は認めない』と突っぱねる対応は、実質的に国民を見殺しにする憲法違反一歩手前の行為に他なりません。現場の職員ですらその重大な人権侵害に無自覚なまま、この異常な静けさを『問題がない』と捉えてしまっていることこそが、現在の日本の福祉行政の抱える問題ではないでしょうか。

借金を指導すれば問題が解決するわけでもありません。九州の某県社会福祉課の職員は、社会福祉協議会の貸付は高齢すぎたり返済原資がなかったりすれば審査で断られる現実を認め、その場合は生活保護制度としては「手詰まり」であると率直に吐露しました。「手詰まり」という言葉こそが現場の偽らざる実態であり、国が借金を解決策として推奨し、その借金すら断られた弱者は、蒸し風呂のような部屋でただ命の危機に晒されることになるのです。

地方創生臨時交付金の使い道にみる「命の選別」政令指定都市は133億円のプレミアム商品券、岐阜県はエアコン助成

全国の担当者が国の基準がすべてであると口を揃える中、この調査の中で、全く異なる地平から人道的な選択を行った地方自治体が存在しました。それが岐阜県と東京都、そして一部の先進的な市区町村です。

岐阜県地域福祉課が明かした「岐阜県生活保護受給世帯エアコン設置費補助金」の仕組みは、既存の行政の壁を打ち破るものでした。この制度は、国の家具什器費の要件に該当せず、冷房器具の助成を受けられない世帯、つまり故障や経年劣化で買い替えが必要な世帯を対象に、県独自に上限73,000円を無償で補助し、業者へ直払いするというものです。

岐阜県が他県のように「国が認めないから無理だ」と逃げずに済んだ理由は、昨年度の補正予算で国から配分された「物価高騰対応重点支援地方創生臨時交付金」を財源として活用できたからだといいます。県として国の制度から取り残されてしまう受給者の課題意識を以前から持っており、交付金という形で財源が確保できた瞬間に、迷わず約3,100万円の予算を計上して実施へ踏み切ったのです。さらに家庭訪問の際にケースワーカーから積極的にアプローチするよう指示を出しており、冷酷な門前払いとは正反対の命を守る行政がここに実現しています。

東京都もまた、今年度からエアコン設置区市緊急支援事業を立ち上げ、国の制度から漏れてしまう故障世帯などをターゲットに、実質約10万円規模の手厚い支援を自治体向けにバックアップしています。地方自治体に命を守るという強い意志と良心さえあれば、国の硬直したマニュアルの壁を乗り越えて住民の生存権を救うことは確実にできるのです。

岐阜県が国からの臨時交付金から3,100万円を捻出し、地域の困窮世帯のエアコン問題を一掃したという事実に対し、私の活動拠点である大阪市の予算配分を検証すると、地方行政の姿勢の格差に強い疑問を抱かざるを得ません。

まったく同じ国からの交付金を、大阪市は一体何に使ったのでしょうか。

大阪市経済戦略局および制作企画部を追跡して明らかになったのは、国から交付された臨時交付金のうち、実に133億円という巨額の予算が、「大阪市プレミアム付商品券事業」という単一の商業イベントに投じられていたという事実でした。

大阪市の担当者は、市民だけでなく企業事業者のためにも消費や経済効果につながるように選択したと弁明しました。しかし、この1口1万円からという事前の自己負担を条件とするプレミアム商品券の仕組みについては、多くの府民から疑問の声が上がっているという実態も正直に話してくれました。社会保障の観点から見て、致命的な欠陥と弱者排除の逆進性を抱えているのです。

「クレジットカードも持っていない。1万円の立て替え払いもできません。不公平ですよね・・・。クレジットカードや前払いができる人だけが、1人最大12,000円も得をするんだから。」

制度が始まった直後に、大阪市内で慎ましく一人で暮らす70代の女性から行政書士事務所にお声も寄せられていました。

食費すら事欠く生活保護受給世帯や低所得非課税世帯は、1万円から4万円という現金を先払いしてチャージするというスタートラインにすら立てません。結果として、国の税金で賄われている133億円分の還元メリットは、手元に余剰資金がある中間層や富裕層の買い物を少し安くするために使われ、本当に物価高と酷暑で命の危機に瀕している最困窮層には届かないのです。

もし大阪市が、芸能人を大々的に広告塔に掲げたこの商業イベントに投じた133億円のわずか1パーセントである約1億3,000万円を福祉へ振り向けていれば、多くの貧困家庭に真新しいエアコンを無償設置することができたのでしょう。


たまにはウナギ、食べたらあかんか

現場の裁量でできることがある、人道的運用のリアル

しかし、本調査を進める中で、実に温かい血の通った対応に徹する県が存在するという喜ばしい事実も浮かび上がってきました。多くの自治体が国の通達を盾に、例外は一律却下している表向きの顔の裏で、実際の現場においては、厚生労働省の通知にある「特別な事情」を拡大解釈し、柔軟かつ臨機応変に救済を行っている良心的なケースが少なからず存在するということです。一世帯に一台エアコンがあれば十分とされるのが制度の基本ですが、かつて滋賀県甲賀市では市議の協力のもと、家族の生活実態を考慮し、二部屋ある寝室にそれぞれエアコン設置を公費(国の生活保護制度による一時扶助)でしてくれました。

また、「国は経年劣化や故障を、特別な事情と認めない。それに背くことはできない」としながらも、国による支援が開始する以前から継続受給している世帯のエアコン故障に対し、借金を例外として認めますからエアコンを設置しましょうと超積極的にアプローチし、貸付の実施主体である社会福祉協議会と強力に連携して、他県とは比較にならないほど迅速に貸付決定を下し、一刻も早くエアコンを支給できるよう現場が動いている自治体があることも確認しました。手続きの遅れによって熱中症を出さないという県側の強い意思が、制度の運用スピードを早めていたのです。同じ時期に同じ通達が厚労省から都道府県に発出されても、こうも捉え方が違うのかと感銘を受けたものです。

四国地方の自治体では、さらに踏み込んだ現場の知恵と裁量の存在が確認されました。本来であれば、支給上限額を超えるエアコンの購入や、国の要件から外れた買い替えは認められません。しかし、形式上は上限額に収まる安価な機種を申請させつつ、性能向上や工事費でどうしても足りない分を親族が援助して穴埋めすることに対し、福祉事務所が事実上目をつむって容認するような柔軟な処理が行われていたのです。

それだけではありません。某県のベテラン担当者は、国の制度の建前として故障の買い替えができないのであれば、エアコンの設置要件を満たすことができる別の理由での住居の転居を検討し、転居先で新規にエアコン設置の対象として公費を支給するという、制度の網の目を逆手に取った救済の選択肢さえ口にしました。

長年生活保護行政に携わり、困窮者目線で一緒に考えてきた行政書士でも、目からうろこの発想でした。パンがないならケーキ、エアコンがないなら引越費用を役所に出してもらえば、エアコン代もついてくるのか!

これらの事例が意味するものは、単純明快で、制度の欠陥です。

国が発出した事務連絡は、決して超えることのできない絶対の法律ではなく、あくまで運用の目安に過ぎません。生活保護法第9条には、「必要即応の原則」が明記されています。現場のケースワーカーや福祉事務所の長が、この第9条の精神に基づき、目の前の受給者の健康状態や気候の危険性を真摯に査定すれば、特別の事情として公費を認定したり、実質的な救済措置を講じたりすることは法的に十分可能なのです。

この事実こそ、現在エアコンの故障に苦しみながら窓口で断られている多くの受給者たちが、自ら声を上げ、権利を主張するための法的根拠になります。

「国のルールだから支給できない」と突き放されたとき、「他の自治体や現場では、法第9条の必要即応の原則に基づき、健康状態を考慮して臨機応変に『特別の事情』として認めているケースがあると聞きました。私のこの病状と現在の環境でも、本当に特別な事情に該当しないのでしょうか」と、自ら事実を提示して対話する道が開けるのです。厚労省の示す曖昧な『特別の事情』という基準は、困窮者の訴えを拒絶するための理屈ではなく、目の前の命を救うため現場へ与えられた裁量の幅として機能させればよいのです。

現行の制度や通知の枠組みを工夫し、公費を捻出したり貸付を迅速に通したりする現場の動きは、まさに『制度をハックしている』と言える法律実務の知恵そのものです。法令に則りながら、いかにして弱者を救う抜け道を探し出すか。この現場の柔軟な姿勢には、深く共感させられました。残念ながら、各都道府県の間ではこうした人道的な好事例の情報共有が致命的なまでに、できていません。

実際、今回の電話調査の最中、多くの自治体職員から「他の都道府県ではどう対応されているのですか?」「独自支援をしている自治体はどこですか?」と、逆に熱心に尋ねられる場面が度々ありました。手探りの対応の中で、「他県の取り組みを知りたい」「自県のこの判断は本当にこれで正しいのだろうか」と、葛藤し模索する現場の思いが見え隠れしていたのです。

レジ袋有料化なのに「電気代を食うエアコン」を強いて省エネ性能は無視の欺瞞

外を数分歩くだけで息が詰まるような、近年のこの殺人的な猛暑です。冷房の効いた快適な庁舎で守られた行政側が、どれほど通達の文言や「公平性」を盾に取ろうとも、最高気温が体温を超えるような日に、エアコンなしの締め切った室内で一日を過ごすことがどれほど恐ろしいか。それは文化的な生活水準という小難しい理屈以前に、生存そのものを脅かす拷問にほかなりません。

生命を維持するための最低限のインフラを奪い、「壊れたのなら自分たちでなんとかしろ、お金がないなら借金を背負え」と困窮世帯に迫る現在の全国一律の運用は、法が認めた裁量の範囲を完全に踏み外した、あまりにも残酷で、明白な行政の怠慢です。

生活保護法第3条は、「最低限度の生活」とは「健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない」と定めています。この基準は、すべての国民の生存権を保障する憲法第25条の理念を具体化したものです。

連日35度を超える猛暑の中、エアコンは生命を維持するための必須インフラです。にもかかわらず、「経年劣化は認めない」「お金がないなら借金しろ」と一律に拒絶することは、現実を無視して不当な生存基準を強いるものであり、司法も警告する「裁量権の限界の逸脱・濫用」に他なりません。

さらに、今回の全国調査において「対象機器の条件」を各自治体に質した際、制度の抱えるもう一つの矛盾に突き当たりました。

国の制度において、幸運にも支給が認められた世帯であっても、そこには上限額「78,000円」という枠が立ち塞がります。地方の町村などを中心に、担当職員の口からは「制度上、省エネ基準などの機種指定はないが、この金額内ではそもそも選べる機器が非常に限定されてしまうのが実情」「この予算では機能を選別することは厳しい」といった諦めにも似た本音が異口同音に聞かれました。

昨今の急激な物価高騰、そしてエアコンの設置工事費用の高騰を鑑みれば、この上限額内で本体と標準工事費を賄うことは極めて困難ですと、声を潜めて本音を伝えてくれる職員もいました。結果として、被保護世帯が購入を許されるのは、省エネ性能が著しく低い型落ちの廉価モデルや、売れ残りの低機能機種に限定されることになります。

環境負荷の低減を謳ってレジ袋を有料化し、国民にエコを強いる国が、その裏では生活困窮者に対して、最も電気代を食う非効率なエアコンしか市場で選択できない制度設計を放置しているわけです。この歪んだ二重基準こそ、行政の不作為の最たるものではないでしょうか。

最新の省エネ機種に比べて、古い低価格モデルや低機能機種は月の電気代が跳ね上がります。つまり行政は、初期費用の支給額を数万円ケチることで一時的な「福祉予算の抑制」を取り繕う一方で、受給者の毎月の生活扶助費(光熱費)を高い電気代で長期間にわたって圧迫し続け、経済的自立を遠ざける悪循環を強制しているのです。

生活保護法第60条が規定する「被保護者の生活の維持・向上への努力義務」を、行政自らが「電気代の重荷」によって構造的に妨害しているのであり、これは公的制度の名を借りた「貧困ビジネス」と同質と言えるのではないでしょうか。初期費用を出し渋るあまり、長期的にはより大きな社会的・経済的コストを受給者と家計に支払わせる。この「安物買いの銭失い」の運用に、国の良心は微塵も感じられません。

忘れられない「エアコンが壊れた部屋でシングルマザーの孤独死」

エアコン問題は、夏の熱中症だけに限った話ではありません。筆者が2年前の夏、神奈川県と厚労省に直接窮状を訴えた、神奈川県の40代シングルマザーの孤独死の悲劇を振り返らなければなりません。

彼女は、小学生の一人娘を育てながら、自身が受けた虐待の後遺症と娘の脳疾患の看護に追われ、生活保護を受けて暮らしていました。彼女の自宅のエアコンは酷暑の中で壊れ、さらに冷蔵庫も炊飯器も故障していました。彼女が何度も窮状を訴えても、管轄の福祉事務所は「国の指針では電化製品の故障は「特別な事情」に当たらず、それは障害者でも同じです。買い替え費用は出せません」と突き放しました。筆者が厚労省に交渉しても「公平性の観点から特別支給はできない」と撥ねつけられたのです。

彼女が冷たい密室で息を引き取っていたのは、寒さが最も厳しい2025年1月でした。

多くの安価なアパートや公営住宅において、エアコンは「夏を涼しくする機器」であると同時に、「冬を生き抜くための唯一の暖房器具」です。

彼女が亡くなる直前、男性ケースワーカーから届いていたメール記録には、現場の異常な実態が記録されています。

「精神的にお辛い状況は承知いたしました。とはいえ、生活保護を受給される上で、訪問をしないわけにいかないので訪問させてください。応じられない場合、文書による指導指示を行い、状況が続きますと生活保護の停止・廃止となる場合があります」

「他に100世帯ほど担当しており予定が入っているため、少なくとも1~2日前にはご連絡をいただきたいです」

1人で100世帯以上という、人間業とは思えない過重な業務量を抱えさせられたケースワーカーは、受給者一人ひとりの命や心の痛みに向き合う余裕を失っていました。その結果、「個別の事情を考慮して柔軟に判断する(=手間がかかる)」ことを放棄し、「国の通達通りに『出せない』と一律に断る(=一番簡単なマニュアル防御)」という冷血な対応へと化してしまうのです。

神奈川県のシングルマザーは、壊れたエアコンの前で、どれほどの寒さと絶望に耐えながら死んでいったのか。同じ悲劇を絶対に繰り返してはなりません。

「受給者のくせに」と憤るあなたへ伝えたいこと

この記事を読んで、「生活保護受給者のくせに、国の税金でエアコンを買い替えてもらおうなどと贅沢だ」とか、「自己責任で借金して買うのが当たり前だ」と冷ややかな感想を抱いた方がいるかもしれません。

しかし、そう感じたあなたの故郷の家族は、最低限度の文化的な生活を送れていますか。現代の日本の社会構造と急激な物価高騰を前にして、セーフティネットの問題は決して人ごとではなく、地続きの「明日は我が身」の課題です。

あなたが懸命に働き、自立した生活を送っているとしても、故郷に暮らすあなたの親御さんの現在の年金額を、正確に把握しているでしょうか。もし親御さんが長年、自営業や主婦として真面目に働き、現在の受給額が国民年金の基礎年金のみであるならば、その受給額は毎月およそ6万円から7万円程度に過ぎません。

現在の都市部や地方における生活保護の最低生活費の基準と照らし合わせれば、この基礎年金の額は、国が定める最低限度の生活費をはるかに下回っています。つまり、あなたの親御さんは、現状においていつでも生活保護を受給できる法的権利を有している可能性が極めて高いのです。高齢になり、体力が衰えた親御さんが、物価高で電気代を気にしてエアコンをつけず、故障した機器を買い替えることもできずに孤独に困窮しているかもしれない現実は、日本の至る所に転がっています。

これまでの社会制度の設計ミスや、生活保護に対するいわれのない社会的偏見のせいで、本来であれば保護を受けられるはずの数多くの高齢者が、申請を行うことなく困窮の中に隠れて生きています。病院に行きたいけれど、お金がない。介護施設に入りたくても、お金がない。生活保護は、一部の特殊な人々のための特権ではなく、真面目に生きてきたあなたの大切な家族の命を守るための、憲法が保障した当然の権利なのです。もし身近な親族の暮らしに危機を感じるのであれば、躊躇することなく最寄りの役所に相談に赴いてください。

社会の品格と成熟度は、その社会が最も弱い立場にある人々をどのように扱うかによって測られます。国から与えられた133億円の血税を、先払いが可能な層のためのお買い物イベントに費やす行政の姿勢を改め、岐阜県のようにわずかな予算でも確実に命のインフラへと分配する良心を取り戻すこと。そして、窓口の冷たいマニュアルを恐れず、法に基づいた正当な生存権を誰もが堂々と主張できる社会にすること。それこそが、未曾有の地球全体の危機の中で、私たちが誰一人として灼熱や極寒の部屋に取り残されることなく、人間らしく生き残るためのレールではないでしょうか。


夏はゴーヤチャンプルー(白ゴーヤ)


モッツアレラチーズのサラダ


豚しゃぶと白ゴーヤ


10年前に人生の大先輩に教えていただいた夏レシピ


買ってきたお刺身で海鮮丼


冷やし明太子うどん