鈴木久美子と行政書士と勉強法
前回→鈴木さんの秘密
1日の平均睡眠時間が4~5時間だから、電車通勤時コトコト縦揺れの振動で勉強していると、何とも心地よい眠気が襲ってくる。
こういうときは、黙って勉強しないで小声で憲法の条文を読み上げることにしていた。人目なんて気にしない。
生活のための仕事と、父の在宅介護に追われ、精神的にも体力的にも決して楽ではない中での勉強であるものの、「勉強をしている」という現実が自分を元気づけてくれる面もあった。
ユダヤ人の精神科医であるヴィクトール・フランクルの著書「夜と霧」の中で、こんな一節がある。ナチスのユダヤ人収容所において、どんどん人が死んでいく中、行き残った人たちには、ある共通の特徴があった。それは「目的」を持っていたかどうか。
生き残った人はみな共通して、「生きる目的」をもっていた。体力や忍耐力などの差異ではなく、目的も持っているかどうかが死ぬか生きるかの分かれ目となったのだ。
私とて、未婚で娘を生んでから、ただ生きるためだけに仕事をしていたら、早々に潰れてしまっていただろう。娘の存在そのものが、私の生きる目的だった。
しかし、子育てというものはゴールが見えない。勉強は別だ。学生の頃から、そうだった。こと勉強に関しては、努力は決して裏切らない。目の前に、努力すれば必ずクリアできる目標があり前進しているということ、それは毎日の新たなエネルギー源となっていた。
油断していると、心地よさのあまりまぶたが自然と下がってくる。しかし、移動の間の少しの時間も蓄積されれば膨大な量となる。これを有効活用しない手はない。
日本国憲法は戦後制定されてから一度も改正されてなく、かつ今後もその可能性が低いということで独学用テキストには、憲法は丸暗記が本当はおすすめと書いてあった。
だから、行政書士の勉強を始めて、まず手をつけたのは憲法だった。娘の美香に間違っていないか確認してもらえるように、条文にはフリガナを振った。勉強の時間は、美香との貴重な触れ合いの時間でもあった。
リビングのテーブルで、頭を突き合わせて一緒に勉強することもあった。
大阪の文教地区、天王寺に晴れて引越をして、美香は今月から小学生になった。
3歳の頃から年間200万円も学費のかかる、ハーバード大学を目指すという超教育インターナショナルプリスクール(幼稚園)に通わせ、公文とそろばんとバレエ教室にも通わせた甲斐あって、美香は「聡明な小学1年生」だった。私の憲法丸暗記勉強法をサポートしてくれるほどに。
「ママ、ちがうよ、日本国民はじゃなくて、すべて国民は、でしょう。」
「あ~そうだった!第三章の国民の権利のところは、個人の尊重とか平等原則とか、「すべて」を強調してるんだよね。ありがとう!さすがママの美香!」
「もう!ママの私じゃないってば!」
「あ、そうそう!ごめんごめん!いつも言っちゃうんだよね、だって、美香ちゃんはママから生まれたからさ。マーマのママの美香ちゃん~♪」
「またその歌!!」
こんな日常の娘との会話は、とても幸せな時間だった。
子どもの頃から勝気で正義感の強かった私は、漠然と弁護士になりたいと考えたことがあった。
大学に入ったら司法試験の勉強をして、学生中に弁護士資格が取れたらいいな、などと若い時分は夢見たものだが、御多分に漏れず大学在学中は何となく時間が過ぎてしまった。
交際していた男性が悪意を持って既婚であることを隠していたことから、未婚で娘を出産することになって、弁護士には何度か相談に行った。
結局、争う気力も体力も当時はなく相談のみだったが、30分で5千円の相談料を取れる弁護士の仕事は楽なものだなという印象を持った。
娘への高額教育投資によって、1千万以上あった貯金が底を尽きてからやむなく始めた在宅水商売チャットレディをしていたとき、京大出の若い弁護士が固定客でいたことも、法律を勉強したいと再び思うようになったきっかけの一つだ。
「母親がさ、京大出た若い弁護士なんて女性は誰だって結婚したいと思うんだから、焦ることないって言うんだよね。」
なんて自慢をさらりと言う、マザコン弁護士だった。ライブチャットでは24歳のバレエ教室講師というプロフィール設定だった私と実際に会いたいと、懸命に口説いてきた。
弁護士目指してみようかな、とある時チャットで(話すこともなくなったので)言ってみた。そのときマザコン京大卒弁護士に言われたのが、
「それなら、まずは行政書士の勉強をするといいよ!僕も教えてあげるよ。行政書士に合格したら、ロースクールのお金出してあげるから、弁護士目指したらいいよ。チェリーちゃん(チャットレディのときの源氏名)なら、合格できるよ。」
チャットで1分200円払いながら教えてくれるのかな?なんて思いながら、早速翌日書店へ向かい、行政書士入門の書籍を買った。
かわいい娘の寝息を感じながら一緒に眠りに落ちたい誘惑に耐え、睡眠時間を削って必死に稼いだ貴重なお金を法律予備校に使いたくはなかったから、独学でまずは行政書士を、次は司法書士を、最終的には弁護士を目指そうと考えた。
続き→職場への脅迫電話
※この連載は実話を元にしたフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。