職場への脅迫電話

前回→鈴木久美子と行政書士と勉強法

4.職場への脅迫電話

月曜の夕方4時。掃除、買い物、夕食の下準備と家事がひと段落して、リビングの洗える絨毯の上で息子とおもちゃで遊んでいると、携帯電話が鳴った。

鈴木さんからだった。
「聞いて!うちの職場に、とうとうPTA役員から脅迫電話がかかってきてしまったの。PTA会計の不正について色々動いたことで、逆恨みされたんだろうけど、やり方が汚いわ。」

「えーっどういうことですか?!」

ああ、恐れていたことが起きてしまった、と私は愕然とした。これは、(もともと町内会長に頼まれたこととはいえ)PTA会計について調べてほしいと鈴木さんに頼んだ、私にも責任の一端があると感じた。

もう、気が気ではなかった。

「何があったんですか?脅迫電話ってどういうことなんですか?」

「あのね、最近また配られたでしょう、PTAからのお知らせ。今年は、神戸の高級ホテルでのフラワーアレンジメントの後にホテルでのランチ、というPTA行事のこと。

やっぱり平日で、未就学児連れは不可。私が聞いたら、介護老人連れもダメだってさ。配られたお知らせのプリントには記載はないけれど、これも確認したら、案の定例年通り、1人当たり約4千円の補助がPTA会費からでるみたい。

でね、そのことを知った他のお母さんから頼まれたこともあって、私、PTA役員の大木さんに電話をしたの。

『以前から、PTA会計についての質問をしているのですが、何も回答をいただけないので、ご連絡しました。今回のPTA行事についても、参加できる方は限られているのですから、各自の飲食代は自己負担にすべきではないでしょうか?

若しくは、きちんと年次会計報告のときにPTA会員の方にわかるように報告すべきではありませんか?あの収支報告では、このような偏ったお金の使われ方がされていることは、微塵も分かりませんよ。』と、意見したの。そうしたら、今日になって、私の職場に2度目の匿名嫌がらせ電話が入ったというわけ。私も今日知ったんだけど、初めての嫌がらせ電話ではなかったみたい。」

大阪に越して来てから驚いた、高額のPTA会費は当然、子どもたちのために使われるものと思っていた。

だから、鈴木さんが調べてくれたPTA会計の中身を知ったときには、呆気にとられた。

「成人教育」という名目の宝塚観劇やホテルランチといった行事は、平日昼間に行われる。

平日仕事をしていれば参加できないし、未就学児を連れての参加が禁止されているので、参加できるのは必然的に、「専業主婦」で下の子の育児や介護の必要のない、ごくごく一部の、限られた恵まれた環境の人だ。

その後の鈴木さんの調べで、毎年同じようなメンバー(セレブママ友軍団)が参加しているという実態も明らかになった。

1人当たり4千円の補助というのは、あまりに大きな金額だと私も思ったし、物理的に参加ができない人の方が多い状況なのだから、公平性という観点から、改善すべきと私も鈴木さんに言っていた。

そんな私の意見も、鈴木さんの背中を押してしまったんだろうか・・・。

その後も鈴木さんは、PTA会計の不正を追及し続けていたのだ。

「4月にね、PTA総会ってあるでしょう?ほら、私が提案したアンケートの紙代とインク代とプリンター稼働の電気代の支出の賛否を問うって言われたやつ。結局、約束は果たされなかったけど。

そのPTA総会でね、前年度の決算報告と本年度の予算承認を行う。でもね、こういうおかしな出費については、全然書いてない。

単純に委員会の支出の部に金額計上されているだけだから、1人4千円の補助が限られた60人の娯楽費に充てられていることも資料からは全くわからないし、10人が下見と称して飲み食いした費用に使われてることも、ああ、校長や教頭の1人6千円の料亭の費用もわからないわね。」

こうしたPTA会計収支と総会での報告の仕方について疑問を感じた鈴木さんは、教頭先生に質問に行った。しかし、学校はPTAが私的団体であることを理由に介入できないと言ったそうだ。

「PTAのことは、学校はわかりません。PTAの役員の人たちに伝えておきますよ。」

と、のらりくらりと交わされたと鈴木さんは口惜しそうだった。そして、教頭先生が本当にPTAの役員に伝えてくれたのかどうかも定かではないが、PTAから回答がなされることはなかった。

正々堂々、真正面から質問に来る鈴木さんから逃げて、それで職場に匿名で嫌がらせをしてくるなんて、信じられない。

「えーっなんで、一体何なんですか、それ。どんな電話だったんですか?そもそも、どうして役員の人は鈴木さんの職場を知っているの?」

私は、鈴木さんの話がどうにも信じられなかった。もしかしたら、被害妄想じゃないかということも、ちらりと脳裏をよぎったくらいだ。でも、話を聞くと事実のようだった。

「前に、PTA役員の高木さんに勤め先を聞かれて、ポロッと言っちゃったのよ・・・市内の貿易会社で通訳やっていますって。

そうしたら、どのあたりにある会社?って聞かれて、それもつい、うっかり話してしまって・・・でも、まさか嫌がらせの電話をされるなんて思わなかったの。

私、ほら、エアコンの裁判したりでわりと近所の有名人になっちゃったでしょう。誰も私に話しかけてこないし、友達は小川さん以外いないの。私の勤め先を知ってるのは、そのPTA役員だけ。小川さんにも言ってなかったくらいなんだから。」

なんて不注意な、と思った。鈴木さんは、頭の回転が良いようで、こういうところはどうも用心がなさすぎる。人の良さから、相手を信用しすぎてしまうのだろうか。

これでは、若い時分は男性にもコロッと騙されてしまったんじゃないだろうかなど、大変なときに余計なことを考えるのはよそう。

「会社の電話には、私の直属の上司が出たのね。1回目の電話のときは、上司も私のことを思って黙っていてくれたみたい。でも、さすがに2回目の電話は上司も自分の独断で放置するわけにはいかないと思ったらしくて。

その嫌がらせの電話では、鈴木が娘の小学校のPTAのことでクレームばかり言ってくるのでやめさせろ、やめさせないなら、お宅の扱っている商品には問題があると周りに宣伝するって言ったみたいなの。

今うちの会社が扱っている商品って、結構口コミの影響が大きいのね。だから、悪い噂が広がるかもっていうのは、会社にとっては非常に大きな懸念なの。

直属の上司から、さらに上層部の役員にも話がいっちゃって、理由はどうあれ、どうにしかしてくれって今日数人の上層部の役員から会社で言われたわ。これから、仕事がちょっとやりずらくなりそうで、正直私にしてはちょっとダメージ受けてる。」

「ひどい・・・。だって、鈴木さんはPTA会費を支払っている皆さんのことを考えて、正しい行動をしていただけなのに。何もおかしなことなんてしてないじゃないですか。

でも・・・そんな嫌がらせ電話があったなら、もう大人しくしておいた方がいいかもしれませんね。PTAに関わると、ろくなことがなさそう。というか、私もなんか怖くなってきました。」

本当に、そうだ。気づくともう30分近くも電話をしていて、息子の遊び相手も満足にしてやれないまま。夕食の準備も進んでないし、子どもの相手もしてやれないなんて・・・そんな苛立ちも感じていた。

不穏な私の気を察したのか、鈴木さんは、突然電話をかけてきたことを謝ると、電話を切った。本当は、うちでゆっくり話を聞くからおいでよ、と言おうか迷った。でも、騒動の渦中の鈴木さんを家に招いてしまうことをためらってしまった。

「今日は主人も早く帰る日だし、どうせゆっくりしてもらえなかったんだから、仕方ないよね。」

自分に言い聞かせるように、つぶやいた。

続き→PTA会計の闇と隠ぺいを自作ビラで公表

※この連載は実話を元にしたフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。