前回→職場への脅迫電話

4.PTA会計の闇と隠ぺいを自作ビラで公表

専業主婦で、夫の仕事の都合で東京から引っ越してきた私は、ここ大阪に身内も友達もいない。

1歳半の息子はかわいいけれどやんちゃで、人様の迷惑になるので外食もままならなかった。

全国に系列校がある、グループ私立校勤務の夫は、橋下維新による私立助成金カットなどの煽りをもろに受けて、給与が頭打ち。朝から晩まで、やれ部活の朝練だ、入試説明会だと働き詰めだった。

家族のために必死に働いてくれている夫に、専業主婦の私が愚痴を言うことすら躊躇われた。だから、仲良しの鈴木さんが家に来てくれて話をすることで、それまで大阪で孤独な育児をしていた私は、救われてもいた。

というのは半分事実、そして半分は自分に言い聞かせる建前でもあった。

本音を言うと、PTA役員を中心とした噂話は留まるところを知らず、うちの小学校区で、もはや鈴木さんを知らない人はいなかった(と思う)。

マンションのすぐ裏の接骨院の、女性の院長先生が心配して(あるいは好奇心から)聞いてきた。
「ねえ、鈴木久美子さんっていう保護者が小川さんの娘さんとこの学年におる?うちのお客さん、お子さんの年齢問わずみんな鈴木さんの噂話してるんやけど、何が起きてるんやろ~知ってる?」

「えっそんなに噂になっているんですか?どんな噂されてるんですか?」

「それがね~私も本当に詳しい事はわからんのよ。たぶん、お母さん方もよく知らないままに、聞いたことで悪口言ってるんちゃうかな。まさに、噂が噂を呼ぶってやつやな。鈴木さんは不倫してるって人がいて、よく聞いてみると、そう言ってた人がいる、とかそんなんばっかり。教頭先生を脅してた、とかね。あと、娘ちゃんが百貨店で万引きしたとか。

でもね、小川さんていう友達を利用しようとしているなんて、聞き捨てならない話も最近よく聞こえてくるから、先生心配やわ。小川さん、悪いこと言わないから、そういう面倒な人とはかかわらないほうがええんちゃうの。」

さすがに、接骨院の院長先生から言われたこのことは、鈴木さんには言わないでおこうと心に決めた。

でも、これみよがしに指を指してくる人までいて、鈴木さんとは一緒に街中を歩けなかった。

ある時、鈴木さんと一緒に駅前のスーパーで買い物をしていたら、見知らぬ妙齢の女性が近寄ってきて『なんで都会からわざわざ大阪に来たんや!東京に帰れ!』と暴言を吐いてきたこともあった。

鈴木さんの娘の美香ちゃんの学校でのいじめは、もはや公然化していた。鈴木さんは、仕事のシフトを減らして、週2回は学校での美香ちゃんの様子を見に行くようになったという。

その日、昼前からうちに来ていた鈴木さんは、私の出した冷え切っていないオレンジジュースを飲み、自前の弁当を食べながら、憤っていた。

「PTA役員に限った話ではないの。気に入らないことがあって、直接クレームを言われるなら理解もできる。でも、本人ではなくて、職場に嫌がらせってすごく陰湿だと思うのよ。」

「そうですよね。それに、PTA役員の・・・誰でしたっけ、鈴木さんの職場への電話では名前を名乗らなかったんでしょう?それってすごく卑怯ですよね。」

「上司が言うにはね、電話の相手は名前を聞いても答えなかったんですって。男性と、女性どちらもいて、電話裏に笑い声も聞こえたって。人が必死で働いている職場に、笑いながら嫌がらせの電話を大人たちが、しかも子どもの親たちがしてくるなんて、信じられないわ。傷つくのが嫌なら引き下がりなさい、って報復行為のつもりなんでしょうね。」

「大人がすることとは思えないですよね。」
当たり障りのない返答しかできない私。

鈴木さんは、オレンジジュースを飲み干して、大きくうなずいた。
「そうなの!正体を隠して、自分たちは安全圏にいたまま、こちらから求めた正当な質問に対する回答もせず、そして事実すら認めない。」

「鈴木さんのお話を聞いていると、そのPTAの人たち、わがままな子どもと同じですよ。もう、大人を相手しているとは思わない方がいいかもしれませんね。」

「そうね。こんな人たちを相手に、くよくよ悩むのが馬鹿馬鹿しくもなってきたの。もう悩むのはやめるね。こんなの、私の性に合わないわ。」

パッと明るい表情になった鈴木さんを見て、ほっとした。
「でも、PTAの会計のことは、結局隠ぺいされたままなんですよね。」

私は、口に出したことをすぐに後悔した。ちょっとした愚痴のつもりだったが、鈴木さんの正義感は人一倍強いのだ。すっかり忘れていた。

「そうなんだよね。私は、小川さんもそうだと思うけど、月700円のPTA会費を捻出することが嫌だというわけではないの。うちは私もダブルワークしているし、幸い貯金もある。700円を毎月出す出さないで、家計が大きく変動するわけでもない。

ただ、生活保護世帯とか、家計に占める700円という金額が大きい家庭もあるよね。子どものためなら、と思って支払っているPTA会費の使い道を知る術もないなんて、ひどい話。」

「何とか鈴木さんが誤りを正そうとしても、相手に対応する理性がないんですから、どうしようもないですよね。もう我慢するのは終わりにして、忘れません?こんなこと。鈴木さんも私も、PTA会計のことなんて、見なかった、知らなかったことにすればいいんですよ。ねえ、もうそうしません?」

少なくとも、私はもう終わりにしたいと思っていた。せっかく友達になった鈴木さんとは、もっと気楽に楽しい話がしたい。

PTA会費の件は、たしかにおかしいが、鈴木さん一人が動いたところでどうにもならないのだから・・・。鈴木さんは、一瞬間を置いてから、落ち着いた口調で話し始めた。

「ごめんね。小川さん、でも私はこんな嫌がらせには、屈したくないの。職場への嫌がらせ電話。あれは立派な脅迫行為で、会社に対する業務妨害。だから、警察へも届出して、犯人を捜してもらいたいと思ってる。明日も、弁護士に相談に行く予定なんだ。」

警察とか、業務妨害とか、弁護士に相談とか、私には別世界の言葉で戸惑った。

「そんなことできるんですか・・・?」

「電話は非通知でも、警察で逆探知してもらうことは可能だからね。それから、一連のPTA会費の使途については、公表すべきだと思うの。」

「でも、公表なんて学校やPTA役員はしないんじゃないですか?鈴木さんへの回答だって、ちゃんとしてないわけですし。」

「そう、絶対に自ら学校やPTA役員が公表なんてするわけないよ。自分たちが不正を知りながら隠蔽してきたことが、ばれちゃうんだから。だからね、私が自分で公表しようと思うの。真実を書いたチラシを作って配るという方法でね。

そのチラシの印刷代は、もちろん自腹だけど。児童数が約700人だから、700枚。印刷代いくらになるかなー。子どものためにって無理してPTA会費を支払っている人もいるだろうし、PTA会計報告ではわからない真実を知ってしまった以上、伝えるのが私の義務だと思うんだよね。

でも、小川さんは巻き込まないから、心配しないでね。」

たとえ正論であっても、正当なことであっても、私と家族の平穏な生活が脅かされるかもしれないこととは、関わりたくなかった。
鈴木さんは人の気持ちがわかる、エスパーなんだろうか。

続き→夫の涙

※この連載は実話を元にしたフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。