かなしい嘘
前回→PTA離婚(2)
7.かなしい嘘
私学勤務の、離婚したばかりの夫の給与は、少子化や橋下維新による私立助成金カットなど時代の煽りを受けて、頭打ちだった。
その年の授業数や担任、主任など役職と責任に応じて給与は変動したが、離婚した年は手取り月給25万円程度だった。
離婚して、夫は実家に帰った。長年八百屋で多額の借金のために廃業した夫の実家は貧しく、築40年近い家の修繕費や生活費もかかるので、夫が実家に戻ること自体は義理の両親は内心喜んでいたと思う。でも、夫と同じく善良な人たちなので、
「いくら仕事が忙しいからって、別居なんかしたらあかん。そんなことしたら、夫婦は破綻してしまう。」
と言って表向きは反対してくれた。
そう、私たちはもともと仲が良い家族だったし、PTA絡みの夫の職場への嫌がらせによって離婚するなどと言って、高齢の親を驚かせたり、ショックを与えたくなかったから、悲しい嘘をつくことにしたのだ。
「ふつつかな嫁ですみません。博之さん、お仕事平日お忙しくて、富田林から大阪市内まで帰って来るの大変なんです。」
そんなわけで、離婚しても私は愛する夫の姓を名乗り続けた。あ、「元」夫の姓を。
離婚してすぐに私はパートを探し、子ども達を育てながらその合間に働くことにした。今までは元夫の給料で生活してきたが、それがなくなったこれからは自分で稼いでいかなければならない。
元々夫は実家で寝泊まりすることも多かったので、生活の何かが急に変わったわけではない。
ただ、離婚届という紙切れ一枚を出しただけだったはずが、何だかよくわからないものの徐々に徐々に距離が遠ざかっていくような気がした。
それがどうしようもなく寂しく感じる瞬間があり、なかなか心が落ち着かなかった。
・・・
「ごめんなさい。私、何もできなくて。それに、私がPTA会計について調べてほしいなんて、鈴木さんに頼んじゃったから、こんなことになってしまって。」
「いいの、いいの。私は真実が知れて、そして皆さんに伝えることができて良かったと思ってるよ。色々PTAについて調べたらね、ここ大阪天王寺の小学校ではおかしなことになってるって気付くこともできたし。」
「PTAって、本当にどういう組織なんですかね?お金を保護者から集めて、不公平な使い方をして、一部の人たちが牛耳ってて。」
「PTAはね、法的には、入っても入らなくてもいい、任意加入の私的団体の1つなの。実は、小川さんには心配かけないように言わなかったんだけど、私はPTA会計の疑問を突き詰めたくて、教育委員会にも何度も問い合わせていたの。」
「えーっまた、あんな遠い大阪市役所まで行ったんですか?もう、鈴木さんも大変なんですから、そんなに正義感で行動しても疲れちゃいますよ・・・。」
私は、この鈴木さんの強い正義感についていけなくなってしまっていた。そんな鈴木さんが好きなのだが、そのために疲労だけが蓄積されて、何も報われない鈴木さんがかわいそうで、見ていて辛くなってしまったのだ。
それに、ビラを配布してからというもの、PTA役員を中心とする保護者間での鈴木さんへの悪口は聞くに堪えぬものがあった。私とて、もうどう言われているのかわかったものじゃない。
「結局ね、『私的団体には行政は介入できません』の一点張りだった。だからね、私、言ったの。『任意加入の私的団体であるなら、そのように全ての保護者に周知すべきではないですか?』って。
入会の自由が認められるなら、好きな人だけが加入して会費を支払うのだから、たしかにお金の使い道も自由です。でも、現状では、誰もPTAが任意加入だなんて知りませんよ。
学校でも知らされませんし、給食費と抱き合わせでPTA会費は引き落とされます。給食費と同じように、PTA会費の支払いが義務だと思っている保護者の方がほとんどですよ。って、そう言ったの。」
「さすが、鈴木さん・・・正論だと思います。ほんと、その通りですよ。私も、子どもが小学校に入学したらPTA会費って支払わなくちゃいけないものだと思っていましたし。それに、あんな不公平で不透明な会計と知ったら、入会自由ならPTAには入らないっていう人、たくさんいるはずですよ。」
「そうでしょ?全国的にはね、進んでいるPTAもたくさんあるの。入学式の場で、PTAが任意加入の団体であることをちゃんと告知している学校もあるし。そういう学校なら、PTA組織も風通しがいいでしょうから、こんなおかしなこともないんでしょうけれど・・・。」
「でも、さすがにもう鈴木さんチラシは配らないよね?その、PTAは入退会が自由だっていうことの。」
続き→いじめ暴力事件(1)
※この連載は実話を元にしたフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。