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6. PTA離婚(2)

1ヶ月後―

私は、天王寺区役所の戸籍係の窓口にいた。

「お子さんお二人の親権は、お父さんお母さんどちらが持ちますか?」

「あ、親権は夫でお願いします。」

「一緒にお子さんと生活するのはお母さんなんですよね?親権はお父さんでいいんですか?」

「はい!はい!いいんです、それで!あ、あと離婚した証明書をもらえますか?」

この離婚の証明書を今から、天王寺警察署に持っていく。そして、もう二度と夫の職場に嫌がらせがないようにしてもらうのだ。

私一人で警察に行っても全く相手にしてもらえないので、仕事後の夫と一緒に夜遅く、連日天王寺警察署に相談に出向く日が続いた。本当に本当に嫌な思いをした。

「被害届なんて受け取れませんよ。警察は民事不介入なんです。小学校の親同士の揉め事でしょ?」

「PTAなんて、みんな適当に力を抜いてやってればいいんじゃないの?こういう噂話、陰口、悪口って、おまわりさんもどうしようもできないからね。地元の人たちのネットワーク、すごいでしょうこの地域。せっかく分譲マンション買ったのに、小川さん、この街に住めなくなっちゃうわよ。」

年配の女性警察官は優しそうに見えて、まるで他人事だ。ただ、のらりくらりとおしゃべりしているだけで、私はイライラした。

そうして、18時前に食事もとらずに駆け付けた夫と私は根負けして、食事は済ませたけれど警察署で退屈して眠くなってきてしまう子どもたちを連れて、とぼとぼと坂を下り自宅に帰るのだった。

相変わらず、連日夫の職場への嫌がらせ匿名電話は続いていたのに、警察は何も動いてくれなかった。

鈴木さんが言っていた、電話の逆探知というのもやってくださいと警察にお願いしたけれど、通信の秘密がどうのこうのと言われて、断られてしまった。

そんな暗中模索の中、鈴木さんから2週間ぶりに私の携帯電話に連絡が入ったのだった。私は、ビラ配りのときに見て見ぬふりをしていたのに、自分が困ったときだけ鈴木さんに頼るのはもうやめようと、連絡を控えていたのだ。

「小川さん!あなた、大丈夫?旦那さんの職場に嫌がらせの電話されたんだって?町内会のおじさんから聞いたよ!」

ああ、やっぱり困ったときは鈴木さんが助けにきてくれる!まるでヒーローだ。

私は安堵と共に申し訳なさから、泣きながら電話口で話をした。最近、泣いてばかりだった。

町内会のおじさんは地元で商売をしていたが、おじさんのお店にも嫌がらせの火の粉が飛んできていた。

おじさんが、商売あがったりだと私に愚痴を言ってきたので、私もぽろりと夫の職場への嫌がらせ電話の件を話したのだった。やはり、セレブ地区では噂が回るのは早い。

鈴木さんは、その日の夜、私と夫と共に天王寺警察署に行って話をしてくれた。三人寄れば文殊の知恵と言うが、警察はようやく重い腰を上げてくれた。

本件には刑事課長が介入し、執拗に電話を掛けてきた相手はあっさり突き止められた。一人ではなく複数名いた。

その内の一人が事実を認めて、刑事課長に洗いざらい話したという。そして刑事課長が間に入り、鈴木さん立ち合いの下、嫌がらせを認めた一人が天王寺警察署に来て、警察署にて正式に謝罪をした。

被害届を警察に届け出ないという条件で和解し、謝罪文と、いくばくかの実質的な謝罪もしてもらった。

そして、謝罪をしたPTA関係者は、自分が事実を認めて謝罪したことをPTA役員に知られると、今度は自分が嫌がらせの標的になりかねないと刑事課長に訴えたのだ。

そのため、具体的な和解内容やその人の氏名は伏せておくことを私たちも約束したのだった。

謝罪をしてくれたPTA関係者の男性は、自分は今後一切嫌がらせには関与しないけれど(そもそも犯罪行為であるのだから当然だ)正直な話、嫌がらせをしている人、PTA会計不正を暴かれたことで逆恨みをしている人は沢山いるから、全員の嫌がらせを阻止するような力は自分には到底ないということだった。

そして、刑事課長もまた、不特定多数による匿名の嫌がらせ行為やましてや悪口の流布といったものは、法律的に犯人を捕まえて裁くことは至難の業だと言っていた。

だから、私は、最愛の夫のために離婚することにした。

夫は、そこまでしなくていいと言ってくれた。

でも、今まで私のために沢山のことをしてくれた夫に、唯一してあげられることは、彼から離れて、夢だった仕事がこれからもできるように彼を守ることだと私は思った。

それに、離婚して他人になることで、今後夫の職場に私の私的紛争相手から嫌がらせがあった場合は、警察も動きやすいようだったことも、背中を後押しした。

夫は既に天王寺のマンションを出て、実家に一人帰って生活している。私は小学3年生の娘と、1歳の息子と3人の母子家庭となった。

喧嘩別れをしたわけではないし、子どもたちの利便性を重視して私が引き取ることになったが、夫は親権だけはこだわっていた。

私は、そんなことはどっちでも良かった。何が何だかちゃんと理解していなかった。考えたくもなかった。

流れるように、離婚届を夫の記載分まで記入して、証人欄には私の両親の名前を書いて(離婚の事実は親族誰にも伝えていなかったが、証人2人がどうしても必要ということだったからやむを得ず両親の名前を書いたのだ)提出した。

紙切れ一枚で、私と夫は離婚した。夫の職場から車で5分の場所に実家はあったし、試験期間中などは実家で寝泊まりすることも多かった夫なので、通勤時間などを考えても生活に支障はそれほどなかった。

ただ、私が寂しかっただけだ。そして、子どもたちも。今日もパパ帰って来ないの?と娘は毎日聞き、まだ言葉が殆ど出てこない息子は、夫の姿を見ると「パパ」とだけ言ってしがみついて離れなかった。

金曜の夜は仕事が終わると車で夫は子供たちを迎えに来て、日曜の夜にまた子どもたちは天王寺に戻ってくるという生活を始めていた。

あ、もう「夫」じゃなかった。

「戸籍に離婚成立のことが記載されるまでには、数日から1週間ほどかかります。お母さんは本籍を移動させるので、通常より長くかかるかもしれません。」

続き→かなしい嘘

※この連載は実話を元にしたフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。