いじめ暴力事件(1)

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8.いじめ暴力事件(1)

「新たなビラをまた自腹で印刷して、PTAが任意加入の私的団体であって入退会は自由であることを全保護者に伝える?いやいや~私はそこまでは、もうしない。

PTAの不透明な会計については、全員には行き渡らなかったかったかもしれないけれど、一応私は公表した。自分が偶然知ってしまった、不当なお金に関する事実を隠しておくことはしたくなかったから。なにしろ、公立の小学校のお金に関することなんだから一大事でしょう。

でもね、PTAが任意加入の私的団体であることを公表するのは、PTA役員や学校が行うべきことだよ。東京の小学校のようにね。」

「そうだよ!鈴木さん一人が犠牲を払ってする必要なんか、ないんだよ。それに、全員にはチラシ届かなかったかもしれないけど、もうみんな知ってると思うよ・・・ほら、校長先生が保護者全員にメールしたでしょ・・・あれで、保護者間ですごく噂されてるみたい。町内会のおじさんも知ってたくらいだから。」

そう・・・と、ぼんやりとつぶやいた鈴木さんは、いつになく疲れているように見えた。当然だろう。要介護5のお父さんは、夜間も何度も目覚めてトイレに行きたい、と叫ぶと聞いていた。

日中はデイケアに行ってもらって、入浴も施設でしてもらい、家での掃除や料理も極力介護制度を使っているとは言っていたけれど、夜間の介護だけは家族がやるよりほか、ないそうだ。ダブルワークもして、鈴木さんは寝る暇もないんじゃないだろうか。

ただでさえ、介護と仕事と育児で大変なはずの鈴木さん。それなのに、あの日は700枚のチラシを安く印刷してくれる遠方のチラシ屋に出向いて、自転車のカゴに乗せて学校まで行ったのだという。

「重すぎてさ~段ボール載せたままチャリこげなくて、仕方ないから、なんばから40分くらい自転車押して歩いて学校まで行ったの。」

そして、役員らに罵倒されながら、夕方まで校門前でチラシを配布したという。想像しただけで、私もどっと疲れが出た。

鈴木さんを見送るため、マンションの下に降りると、町内会の会長さんとばったり会った。

「ああ、小川さん!あんた旦那さんと離婚したんやって!ほんま大変やったなぁ。うちの店も営業妨害されてどないしようかと思ったけど、あんたらが警察に行ってくれたおかげで、最近は嫌がらせもなくなったわ。ありがとうな。」

町内会のおじさんの目はみるみる細く潤んだ。

「鈴木さんもおったか!わしは、みんなの噂を聞いてもっとおっかない人かと思ってたわ。悪かったなぁ、もともとはわしが小川さんにPTA会計のこと調べてくれって頼んだことがきっかけやったんやろ。ほんまに堪忍してな。」

「いえいえ、いいんです。私も真実を知ることができて、良かったと思っています。ただ、娘が学校でいじめられて嫌な思いをしていて、それだけが心配なんです。」

「わしの勝手な考えやけどな、周りの目なんか、気にしたらあかんわ。鈴木さんは正しいことをしたんやから、堂々としてたらよろしい。それにな、誰も正面切って鈴木さんに文句なんて言われへんから、陰でこそこそと卑怯なことをするんや。子どものいじめとかな。」

その後は、警察が介入したこともあって、鈴木さんや私、町内会のおじさんへの嫌がらせ電話など、目立った嫌がらせはなくなった。

しかし、私たちが懸念した通り、また刑事課長も警告してくれていたように、陰口、噂話といった見えない嫌がらせ、警察でもどうにもできない「不特定多数」によるいじめは、どんどんエスカレートしていったのだ。

続き→いじめ暴力事件(2)

※この連載は実話を元にしたフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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