人間が経験する苦悩のほとんどには、お金が関与していることを思えば、そのお金に対する正しい「つき合い方」を学ぶことが、満ち足りた人生を送っていくためには大事なことだと考えています
奈良県 70代 O様男性
「テレビやネットを断捨離」されている、奈良県のO様からお手紙が届きました。
とても長いお手紙ですが、現代人の心に響くであろう「人生の先輩の言葉」一部ご紹介させていただきます。
新しい年を迎え、私はお金のことについて思いをめぐらせていました。新年早々、お金のことを考えるなんて、夢がないなあなんて、言わないでくださいね(*^-^*)
人間が経験する苦悩のほとんどには、お金が関与していることを思えば、そのお金に対する正しい「つき合い方」を学ぶことが、満ち足りた人生を送っていくためには大事なことだと考えています。
保護を受けていらっしゃる方々も、お金のことを考えない日はないのではないでしょうか?保護を受けている方に限らず、お金が不足していることで悩み、逆に多く持ちすぎてしまっていることで、自らの欲望を制御できなくなり、無駄な使い方をして、時間とエネルギーを浪費してしまっている人もいるようで、お金のことで苦しむのは人間の宿命だとさえ思ってしまいます。
そういう人たちに、私が経験から学んだことが、何かの役に立てるかもしれません。お金とのつき合い方を見直し、改めることができれば、もっと満ち足りた、快適な生活ができるのにと思ってしまう人が多いのです。
結論を最初に言っておくべきかもしれません。私が経験から学んだ、お金のつき合い方の鉄則とも言える大事なことです。
「お金は必要なことに使います。自らの欲を満たすためには使わない」
(中略)
今から約40年前、私は大阪市内で働いていました。バブルがはじける前で、景気がよく、社会全体が潤っていました。私の勤めていた会社も、その波に乗り、儲かっていました。
当時、独り身だった私の財布の中には、いつも一万円札が3枚以上は入っていたと記憶しています。それぐらいないと、欲しいと思うものがあったときに買えないので、外出するときは不安だったのです。スーツを着ての仕事でしたが、腕時計を集めるのが趣味だったので、かなり高価なものを買っていましたが、すぐに飽きてしまい、人にあげたり、売ってしまったりするので、毎月のように新しいものを買っていたように思います。
同僚に教えてもらった、心斎橋にある、ファニーフェイスというおしゃれなショットバーが気に入り、女の子を誘っては、頻繁に通っていたのも、この頃です。毎回連れてくる女の子が違いますね、とマスターから冷やかされたりしていました。
職場は梅田にあり、自宅までは電車通勤をしていて、30分ほどで帰れる距離だったのですが、満員電車に乗るのがうっとうしくて、よくタクシーで帰っていました。3000円ぐらいかかっていたと思います。
(中略)
あれから40年が経った今、ふんだんにあったお金で私は何を買っていたのだろうと思ったとき、「お金で豊かな人生が買える」という、幻想を買い続けていたのだろうと思えたのです。自分で稼いだお金をどう使おうと、自分の勝手だと言ってしまえば、その通りかもしれませんが、私はお金とのつき合い方を完全に間違えていました。
(中略)
テレビ漬け、ネット漬けになっている人は多いと思いますが、要注意です。有名人と一般に呼ばれている人や、芸能人たちの持っているものを欲しがったり、ぜいたくな暮らしぶりを見て、私も同じような生活がしたいとか、したいけどできないとわかると、惨めな気持ちになってしまう人もいることでしょう。そういう気持ちにさせることが、テレビやネットの、表面には表れていない、もくろみです。
(中略)
保護を受け、妻の介護をしていくことになったことで、お金を貯めたり、外見を飾ったり、人から称賛されることを望み、今まで通りそうしていきたくても徐々に難しく感じはじめていたとき、私の心が「もう危なっかしくて見ていられないので止めよう」と、忠告してくれました。長い時間がかかってしまいましたが、私にはもう、別の生き方をするしかないのだということが、やっとわかってきました。
私はお金がなくて貧しいですが、お金しかない人よりは貧しくありません。幸せで満ち足りた人生とは、お金でどれだ多くのものが買えるかどうかということとは、無関係だということを学びました。
(中略)
私にとって、最も腹立たしくて、同時に悲しかったことは、他人を犠牲にしてでも、お金を得ようと守銭奴のようになってしまった友人がいたことです。優しい奥さんがいて、子宝にも恵まれ、裕福な暮らしをしていて、そこで満足すればよかったのに、自分の心を見失い、もっと財産を増やそうとし、何度も友を裏切るようなことをしてしまったので、みんなから信頼を失い、最終的には、暗くて不自由な施設の中で暮らすことになってしまいました。
おまえには、心があるのか?心がある生き方を、しているのか?そのことに、嘘や偽りはないのか?絶えず、そう問いかけて生きています。私は、生き直そうとしています。
この手紙を書いたのは、私への戒めとして残すためでもあります。
(中略)
この世界から、戦争や残虐な、無慈悲な行為をなくし、飢えている人をなくし、「安心してご飯を食べられる日常」が訪れ、みんなが平和に暮らしていくために最重要なことは、きっと、子供んでもわかる単純なことだと思っています。そんな単純なことを、何故か私たちは忘れてしまったようです。
私たちは、レストランでいつでも豪華でおいしい料理を楽しめるほど豊かになりました。と、同時に、飢えて涙ぐんでいる人に、おにぎりひとつ、分けてあげることをしないほど、貧しくもなりました。
(中略)
「まず、何を差し置いても、困っている人を助けましょう」
世界に真の平和が訪れますように。








