『私に、60歳年下の友だちができた瞬間です。』

奈良県 60代 O様男性

※行政書士より補足です。

こちらのお手紙をお送り頂いたお客様との出会いは、2017年夏、行政書士法人ひとみ綜合法務事務所設立前のことでした。弊法人所属行政書士二名がまだ独立した個人事務所として、大阪地方裁判所近く大阪市北区に元市議の生活保護行政に精通された先生と共に、行政書士三名の合同事務所として朝から晩まで休みなく多忙に相談対応していた頃でした。奈良県から、朝の新聞配達を終えたO様が日曜朝早くにお越しになるとのことで、行政書士も気合を入れて早朝に出勤したことを、昨日のことのように覚えています。
行政書士法人ひとみ綜合法務事務所設立後、一年ほど、こちらのO様のお手紙を弊所HPのトップの看板として掲げさせて頂いていました。

「これからどの様に生きていけばいいのか」と、苦悩と絶望感の中にいました。

時を経て、近況のお手紙を頂き嬉しくありがたく思いました。
長いお手紙の最後の追伸部分で触れられている、お母様と娘さんもまた、弊所とは長いお付き合いになるお客様です。

『私に、60歳年下の友だちができた瞬間です。』
お客様同士のあたたかい交流が始まったのは、行政書士を介してではなく、行政書士法人ひとみ綜合法務事務所HPのブログのコメント欄でのやりとりを直接されたことがきっかけでした。

三木 ひとみ様

私はこの社会のありように失望していました。
どうしてこんなに騒々しくて混乱してしまっているのか?
どうしてスピッツのように軽々しくキャンキャン吠える人間ばかりで溢れかえってしまっているのか?

行政、医療、教育などの国内の各機関は、本義を忘れ、相も変わらずモグラ叩きゲームに熱中し、まるで不正直であることがキャリアに必要な技能であるかのように振舞っている彼ら(彼女ら)の姿を、私は冷ややかな目で見ていました。

人が、お互いに思いやったり、労ったりすることが難しく感じる社会で暮らしていくうちに、私も人を思いやったり、労ったりすることが難しくなってきて、心が頑なになり、荒んできていることを感じてもいました。
まるで、社会のありようと、私の心とが、リンクしているかのようでした。

その一方で、私の中から聞こえてくる、小さな聲があることにも気付いていました。その聲は、こう告げています。

「違うよ。社会システムの多くは、機能不全に陥ってしまっているけど、あなたを苦しめている閉塞感や苛立ちの原因は、そのことにあるのではない」と。そして、こうも告げています。
「その原因が何なのかを、あなたはよく知っている。そして、どうすればいいのかも知っている」と。

そのかすかな聲には、否定しがたい説得力のようなものがあり、私は行動を起こそうとするのですが、そうすると、決まって何かに妨害されていると感じてしまい、動けなくなってしまうのです。

「わかっているのに動けない」このジレンマに身動きが取れなくなり、巡回している間に、社会は増々騒がしくなり、混乱していく一方・・・。

結局のところ、私などにはどうすることもできないことなのだろうか?
イギリスの元首相で、作家でもあったウィンストン・チャーチルが言ったとされる言葉を借りて言えば、「次、次と起こるとんでもないこと」にただ、ひたすら耐え忍んで生きていくしかないのだろうか?
地を這いながら、幸せにかけらを拾うような生き方をしていくしかないのだろうか?自分の無力さに絶望しかけていたとき、思いもよらなかったところから、「突破口」が現れてきました。

2020年の春、世界は新型コロナウィルスのパンデミックの危機に晒されました。世界各地では、ロックダウンが行われ、人々は自粛生活に入り、世界の動きは止まりました。100年前の猛威をふるったスペイン風邪のときでさえ、立ち止まることがなかった人類が、このハイテクとグローバル化を極めた21世紀の人類が、初めて立ち止まったのです。

今から思えば、6年前、生活保護を受給することになった頃から、私は生きる速度を落とし始めていたのです。
徐々に、足し算(何かを得ること)より、引き算(断捨離)をすることを好むようになってきていました。そして、妻が大怪我をしたことが、きっかけとなり、完全に動きを止め、立ち止まらざるを得ない状況に置かれることになりました。

沈黙し、静かに何もしないでいるということは、否応なく自分と向き合わざるを得ないということです。過去の自分の情けない、残念な姿や、辛かった出来事ばかりを思い出すことになり、そうした中で私は今まで、それらを見ることを意識的に避け続けてきていたことに気付きました。

日本の高僧のひとり、親鸞聖人がこのようなことをおっしゃっていたと聞きました。

「もし私(親鸞)が、心の中で思っていることを口に出して言えば、聞いた人は、悪魔!と叫んで逃げだすだろう」と。

私たちの心の中には、誰もが魔物が棲んでいます。その魔物は、決して消え去ることはないのです。

だけど、その魔物は決して思っていたほど恐ろしくて制御できないものではないこともわかってきました。その魔物が私を苦しめようとしていることに気付いたときは、こう言うのです。

「やるじゃないか、気に入った。友だちになろう」と。

目を逸らさず、対峙し、魔物であっても自分の大切な一部なのだと気付けば、その瞬間に、魔物は消えはしませんが、もう恐れるものではなく、「友だち」に変容を遂げています。

私の心の中に静けさが深まってくるにつれて、今まで見えていなかったことが見えてくるようにもなりました。

私は生まれてから今まで、躾や教育(社会人となってからのものを含む)を受けてきて、多くのことを学び、身に付けてきましたが、その中で重要なことだと教えられ、そう思っていたことのほとんどが、たいして重要ではないことに気付きました。

そして、社会が自らが望んでいる状態ではないので、望むようになって欲しいと願うのであれば、社会(自分の外の世界)を変える努力をする一方で、そのためには、自分の何かが変わらなければならないことに気付かなくてはいけないのです。

私たちはよく、社会が変われば(良くなっていけば)私(私たち)も平和に幸せに暮らせるようになっていくというように考えますが、これは人間が陥りやすい錯覚です。ある面、私たち人類は何万年も、その錯覚したままの休眠状態から脱せずにもがき、苦しんでいます。

何故そんな錯覚をしてしまうかというと、自分を変えるより社会(外の世界の出来事や他者)を変える方が楽だと(自分を変えるのは難しいと)思い込んでしまっているからです。逆なのです。

意図的に変わることのできる柔軟な神経組織を持っている生き物は、この地球上では人間だけです。これこそが、人間が持っている真の「能力」であり、それを発現させるには、澄んだ精神と、最善を為そうとする勇気が必要です。

私は今、その勇気を試されていると思っています。
「わかっているのに動けない」この小さな自分を乗り越えるために生まれてきた、そして今、ここにいるのだと。

コロナウイルスの犠牲になられた方々に哀悼の意を表します。その方々は、今、光の国にあって、全幅の愛をもって私たちを温かい目で見守ってくださっていることでしょう。

その方々の死を無駄にしないためにも、私たちはこの機会に立ち止まり、鎮まり、検証しなくてはならないのだと思います。
このまま速度を落とすことなく進歩と繁栄の道を突き進んでいけばいいのか、それともまたそれとは違った道があるのか・・・を。

現在、私たちは、ほんの50年ほど前には、手に入れることが困難だった多量の情報(知識)を誰もが手軽に得ることができる社会に生きています。それは素晴らしいことで、私もその便利さと快適さの恩恵を享受できています。
その一方で、その情報に対して皮相的な理解をするkだけで、深く掘り下げることができないまま、何かに急かされているかのように、次々と新たな情報を貪っていかざるを得ない社会に住んでいるのでもあります。

重要だと思える情報に出会ったとき、間をあけて(時間をとって)熟考することをせず(こういう状態を間抜けと呼びます)次々と新たな情報の波を受け続けるとき、私たちは森を見ることができなくなっています。木さえも見えていない。枝葉しか見えていないことに多くの人は気づいていないのです。

その状態は自分にとって(私たちにとって)「根本的で重要な何か」から引き離されていって、二義的でたいして重要ではないことを重要だと思い込んで問題にしてしまっていることを意味します。危険です。

ディープ・リーディング(深い読み)とディープ・リスニング(傾聴)が、できる人が必要です。スピッツのような人も必要なときがありますが、木鶏のような人がこの時代には必要です。
物事の根源を見抜くために、その深みに赴き、その深みから湧き上がってくる「答」を得ることが、私たちにはどうしても必要です。

その「答」は世界中にある悠々の歴史を持つ成熟した文化の中に息づいていて、私たちが気付くのを我慢強く待っていてくれているのだと私は思っています。

(お客様のお名前)

追伸
本音の一部を書かせていただきました。おそらく三木さんが想像していた本音とは違っていたのではないでしょうか(笑)。
最後に、三木さんを介して知り合えた(お客様のお名前のため伏せます)さん親子のことに触れておきます。
昨年末、娘さんの(お客様のお名前のため伏せます)ちゃんに猫の人形を贈りました。

気に入ってもらえたようで「ミルクティー」という名前を付けて、1日中手放さないでいると、お母さんから聞きました。

そして、よほど嬉しかったのでしょう。自分の携帯から、私に直接、電話をしてきたのです。これには、お母さんもびっくりしたようです(笑)。

その時の最初のやり取りは、今でもよく覚えています。

「友だちになってください。ラインはするの?」
「残念だけど、おじさんはラインはしないよ。」
「ふーん、そうなの。」
「それでよかったら、友だちになりましょう。」

(お客様のお名前のため伏せます)ちゃんは、嬉しそうにはしゃいているようでした。
私に、60歳年下の友だちができた瞬間です。

お母さんが「(お客様のお名前のため伏せます)はおしゃべりが大好きです」とおっしゃっていましたが、その通りで、よくしゃべる女の子でした。そして、話していて頭の回転が早い利口な子だとも感じました。
どこかの、誰かさんに似ているなとも思いました(笑)。

その後、(お客様のお名前のため伏せます)ちゃんは、不安症などの症状が酷くなってしまったので、話はできていませんが、きっと、いつかまた、電話してきてくれることでしょう。私は待っています。

私、(お客様のお名前のため伏せます)さん、三木さん。生まれも育ちもベクトルも異なっている3人が、こういう形で出逢った、出逢う理由がなさそうな3人が出逢った。
神様の導きとしか思えない、不可思議な縁があって、出逢えた。
だからこそ、何かを無償で与えあえるのだろうなと思っています。
これも、私の本音です。

『私に、60歳年下の友だちができた瞬間です。』”へ2件のコメント

  1. 匿名希望 より:

    o様さんから頂いたミルクティーは、いまだに大事に毎日あそんでます。ただ、失礼ながら鼻が取れてしまいました、すいません。それでも、ミルクティーは娘とあそんでます(⁠•⁠‿⁠•⁠)
    思いがけない贈り物、電話、お手紙、大変嬉しいばかりです。最近、入院を控えてる娘の心境は不安症が多々あり、字も障害でかけないので連絡できてはいませんが、ひとみ先生が間に入ってくださり、O様みたいに、親切な方と出会えたことにはびっくりです。ひとみ先生にお世話になってる方々は、どんな人たちがいるんだろう??と、逆に心配になりましたwww
    みなさんが、まだまだ生活保護費を増やして欲しい中、現在、笑顔になる時が少しでも多くなることを願っています

  2. TOMOKO より:

    心が温かくなりました。自然と涙が出てきて止まらなくなりました。
    最近、辛いことばかり続き疲れてしまっていたので………

    優しい心を持った人はいるんだ(*⌒∇⌒*) あたしの近くにいるんだ(*⌒∇⌒*)

    誰かを責めてばかりいないで強く生なくっちゃ。あたし、そう思う。ありがとう!

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