私たち夫婦は、小さいけど平和な空間を創出することができました
奈良県 70代 O様ご夫婦より四葉のクローバーの入ったお手紙を頂きました
三木 ひとみ様
2週間ほど前に、夫婦そろって食あたりになり、妻はすぐに回復しましたが、私の方は少々重かったようで、しばらく家の中でじっとして過ごしました。
現在は全快していますが、外の景色を見れないでいるうちに花粉症の時期は終焉を迎えていたようで、気づかぬうちに、鮮やかな新緑と様々な野花が咲き乱れる季節が訪れていました。
散歩をするには、もってこいの季節がやってきていたのです。
私の家のすぐ東側には、周囲300mほどの小さなため池があり、鷲と鴨などの水鳥たちの憩いの場になっていて、その北側には田畑が広がっており、その一帯は私のお気に入りの散歩コースになっています。
先日、衰えた体力を回復させるために妻を連れてそこに散歩に出かけました。ため池の横には林があり、そこへ足を踏み入れたとき、名も知らない野鳥が数羽、鳴きながら飛び立ち、しばらく鳴き続けていたので、私たちを歓迎してくれているのだなと思い、嬉しくなったのですが、そうではなく「あっちへ行け」と言われていることがわかりました(T_T)
妻には、ちょっとした特技があって、四葉のクローバーを見つけるのが上手なのです。この日も、クローバーが密生しているところがあり、そこで2人で四葉のクローバー探しをしたのですが、わずか10分ほどの間に5つも見つけました。ちなみに、私はゼロでした。
この特技は昔からあったみたいで、どこかへ出かけたときも、クローバーが生えているところを見つけると、すぐに横道にそれてそこへ行き、四葉のクローバーを見つけることがよくありました。そういうときの妻はとても楽しそうなのですが、同じ時に同じ場所で探しているのに、どうして私が見つけられないのに、妻が易々と見つけることができるのか不思議に思い、何かコツでもあるのか?と聞いたとき、妻はこう答えました。
「私が会いたいという気持ちを四葉のクローバーたちに伝えると、向こうの方で、私はここにいるよ、見つけてね、と話しかけてきてくれるから」と。
このことは、科学的に説明することは難しいでしょうが、妻の言っていることはその通りに受け止めるしかないと思いました。
そして、このことは、四葉のクローバーには興味はなく無関心なまま探している私が見つけることができないことの説明もつくと思いました。
四葉のクローバーに限らず、私たちが何かを欲したとき(願望を抱いたとき)その欲しいものと、自分の心が通い合ったときにのみ、その欲しているものが植物えあれ、人であれ、物であれ、成功であれ、何であれ、自分の手元に引き寄せることができるのかもしれません。
私たちは、誰もが夢や願望をもっています。そして、それを手に入れようと努力します。そして、もしそれを手に入れることができなかったとしたら、努力が足りなかったからとか、才能がなかったからとか、運が悪かったからとか、私たちはそういうことをよく口にします。だけど、そういう理由付けをする以前に、もっと根本的な理由が存在しているような気がしました。
私がいつまでたっても四葉のクローバーを見つけることができなかったように、「欲しているもの」と心が通い合うことを妨げている何らかの、おそらくは幾つものプロセスがそこに働いていることが、隠されていた原因ではないだろうか?と。
私は四葉のクローバーたちに、「別にそれほど会いたいとは思ってないさ」と伝えたので、四葉のクローバーは、「そう、じゃあ会わないことにしましょう」と返答してきたのです。これでは、いつまでたっても、出会うことはないでしょうね(笑)。
昨日、橿原神宮の敷地内で陶器市が開かれていたので、見学に行ってきました。行ってみて意外だったのは、私たちのような年寄りばかりが来ているだろうと思っていたのに、若い人がたくさんいたことでした。ティーンエイジャーたちが、静かに、ひとつひとつの陶器を手に取ってていねいに見ている姿は、とても新鮮に感じられました。
陶器イコール年寄り、盆栽イコール年寄り、などと思ってしまう、私の考え方は、もう古いのでしょうね。それこそ年寄りっぽい(笑)。
近くの森林公園まで、足を伸ばしてみました。陶器市会場の賑やかさとは対照的に、ほとんど人がいなくて静かでした。
その広々とした森には、初夏を思わせる陽気が漂ってて、心地よかったです。
広くて静寂な空間・・・私が最も好む環境です。時間が許せば、きっとそこで一日中過ごしたことでしょう。クローバーの密生地を発見した妻が、四葉のクローバー探しをはじめたので、そこに残し、私は森林内を散策しに出かけました。
静けさが、あたり一面に満ちているような森、やわらかな木漏れ日が射す中を、自分のペースで何も考えず、歩き続けていると、体のエレメントたちが喜びはじめ、私が目覚めてきていることを実感しました。「私は、ここにいるべき」そのようにも感じました。
30分ほど歩いたのでしょうか?妻の元に戻ってみると、なんと四葉のクローバーを13も見つけていました。本人は何事もなかったかのような顔をしていましたが、私はその数の多さに驚き、多分、レコードではないかと思いました。ギネスブックに申請しなければ(笑)。
多分、探す気もない人間がそばにいて、空気を乱すことをしなかったので、妻は純粋に自分の世界で過ごせたから多くの「友人たち」と出逢えたのでしょう。私も妻も、それぞれが良質な時間を過ごしました。
私たち一人ひとりは、みんなちがっています。そのちがいを、認め合う必要があります。それは、口で『認めます』と言うだけでなく、その人が本当にやりたがっていることや、やっていることを邪魔しないということです。できれば、邪魔しないだけではなく、応援するということです。
私たち夫婦は、小さいけど平和な空間を創出することができました。この空間が無限に広がっていきますように。
世界に平和を。