2010年猛暑の夏

前回→PTA会長ってえらいの?(2)

4.2010年猛暑の夏

東京から家族四人(夫、私小川絵里子、小2の娘と0歳の息子)大阪に引っ越して来て、初めての夏休みが終わった。

新学期、9月1日の防災の日に合わせ、避難訓練が娘の通う小学校で行われた。これは、東京と同じだった。

引き取り訓練ということで、保護者には子どもを迎えに来るように、との通達があった。そこで、私はまだ生後10ヶ月の息子を抱いて小学校へ出向くことになった。

通年は、子供と教師が集まっている体育館か運動場に保護者も集まるらしいが、今年は猛暑の影響で、保護者は教室に集合するようにということだった。

全校集会を体育館で行ったあと、児童は担任と共に教室へ行き、保護者に引渡しという流れらしい。

家から学校までは徒歩10分、木陰もほぼなく、乳児を連れての日中の外出は躊躇したくなる異常な暑さの夏だった。

アスファルトの照り返しはきついが、人肌に触れて汗だくになるよりはと、ベターな選択肢としてベビーカーに保冷剤を敷き詰めてその上のバスタオルに息子を座らせ、私は勇気を出して紫外線が容赦なく加齢という恐怖と共に襲ってくる、灼熱の外へ出た。

真面目な私は、10分前には教室の廊下に到着していた。子どもたちはまだ教室に戻ってきていないようで、まさにサウナ状態の廊下にお母さん方がひしめき合っていた。

ここ大阪市のいわゆる高級住宅地では専業主婦率が時代にそぐわないほど高く、我が子を迎えに来る親の人数もおのずと多かった。

児童の教室にはエアコンがなく、扇風機一台のみが設置されていた。

この暑さでは、扇風機の首ふり運動などむなしく、蒸し風呂と化した教室の暑さ解消になんら役立たないように見えた。

しかも、防災訓練で廊下の窓は完全に締め切られ、娘は真っ赤な顔をして友達と私の元へやってきた。

そして開口一番
「ママ、今日は暑いねー暑くて死にそうだよ!」
と訴えてきた。

他のお母さん方は、黙って廊下で汗を流しながら待っていた。締め切られた窓を誰も開けようとはしない。

訓練だから開けてはいけないのか。いや、でもこの暑さで訓練しても、逆に危険ではないのか。暑さのために思考回路も麻痺しているようで、あまり考えが回らない。

私もここは、ぐっと堪えるべきかと思ったのだ。が、10ヶ月の息子がぐったりしているのを見過ごすわけにはいかない。さすがに息子の熱中症が心配になってきた。

すると、突然あるお母さんが廊下の窓を開け始めた。

「これじゃあ、赤ちゃんがかわいそうね。熱中症になったら大変だもんね!」
そのお母さんは、私と息子を見て、にっこりとえくぼを見せた。

優しそうなお母さんだった。その頃、私は越してきたばかりでまだ友達と呼べる人もいなかった。慣れない大阪で0歳児の息子の子育てに追われて、家族以外とあまり話すこともなかった。

うれしいのと驚いたので、
「はい!!」
と、周りに響き渡る大きな声で答えてしまい、ただ、うなずくしかできなかった。

周囲のお母さん方には怪訝な顔で見られたが、若い男性担任教員が慌てて飛んできて、
「お母さん方、廊下の窓締め切ったままですみません!暑かったでしょう!」
と言いながら、猛スピードで一緒に窓を開けてくれた。

本当に、2010年の大阪の夏は、酷い暑さだった。

市街地にある小学校は、周辺一帯がすべてビルに囲まれていた。

人気の高級住宅地とあって、駅から少し離れているにもかかわらず、タワーマンションがどんどん建設されていた。風も通りにくく、悪条件が重なる。

2010年は、特に熱中症で搬送されるニュースの多い、記録的猛暑の年だった。

さすがに娘が心配になった私は、翌日も息子の散歩がてら、娘を迎えに行った。すると、昨日息子のために窓を開けてくれたお母さんがいたのだ。

教頭先生と一緒に、何やら難しい顔で廊下の温度を観測していた。ああっ私と同じ、子どもの学校での学習環境を心配している、同じ気持ちの人がいたんだ!と、胸が熱くなった。

「34度ですね・・・」

教頭先生とそのお母さんが、話している声が聞こえてきた。

そこへ、タコのように真っ赤な顔をした子ども達がチャイムと共に、
「愛子ちゃんのお母さん、むっちゃアツーい」

「赤ちゃん、めっちゃかわいいやん!こんなに暑いと、この子がかわいそうやなぁ。」
と、教室を飛び出して訴えてきた。

教頭先生との話が終わったのか、さっきのお母さんはこちらに気付いたようで、
「あら、昨日のお母さんね。私、鈴木久美子と申します。ここの2年生の保護者です。よろしければ、今度一緒にお茶でもいかがですか?少しお話しません?」
と、声をかけてくれた。

少し戸惑ったものの、大阪に来てから、子育てに精一杯でママ友もなかなかできなかったので、うれしい誘いだった。

(PTAの宮川さんは良い人で好きだったが、子供の学年が違うのであまり接点がなかったのだ。)

「私は、小川絵里子です。私の娘の愛子も2年生で、3組です。ぜひ、お茶しましょう。」

「まあ、うれしい。私の娘は美香といって、2組です。いつにしましょうか。子どもたちが学校に行っているときの方がいいですよね。」

続き→第1章 5.教育委員会

※この連載は実話を元にしたフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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