鈴木久美子

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6.鈴木久美子

私の名前は、鈴木久美子45歳、独身。

大事な大事な一人娘の優子は、未婚で産んだ。あれは、大手企業でバリバリ働いていたときだ。

37歳という年齢的にも、天から子を授かったとわかったときから、産むと決めていた。妊娠したことは、率直にうれしかった。

三十路も半ばになるまで男性とまともに付き合ったこともなかったが、結婚して家庭を持ち、子供を育てるという当たり前のような日常に強くあこがれていた。

高学歴ハイスペックの私には、男性は近づきにくいのかもしれなかった。

出会いのチャンスを今か今かと待っていたのだが、一向に王子様は現れないので、インターネットで色々とリサーチして週末の出会い系パーティーに参加するようになった。

10~30組程度の男女が集まり、全員と数分ずつ会話をし、最後に気に入った相手に投票して無事にカップルになれば連絡先を交換したり、その後食事に行ったり。

男性が弁護士や医師や一流企業勤務など、スペックが高いパーティーは女性の参加費も高いが大半のパーティーで女性の費用は無料か1,000円程度。

独身女性にとっては、合理的な出会いのシステムだった。娘の父親とは、横浜の出会い系パーティで知り合った。

初めての相手だった。デートのときたまに冷めた様子があって気になったが、それでも実質初めての恋人ができたことに私は年甲斐もなく、浮かれていた。

順番が逆だろうと、赤ちゃんが出来たと言ったら、喜んで結婚してくれるだろうと思っていた。

だが、当時交際していた娘の父親であるべき男性はその後、実は妻子持ちだということが、判明した。

騙された、裏切られた!阿修羅のごとく怒り、泣き崩れ、男性を責め立てた。

愛していたのに、妊娠したら、結婚するって言ってたじゃない!嘘だったの!半狂乱だった。男性が逃げ腰になったのも無理はない。

奥さんにも話に行くからね!

そう啖呵を切ったものの、法的には不利だ。

何しろ、不倫なのだから。

結婚していたことを知らされていなかったとはいえ(結婚を前提とした有料の出会いパーティーだったのだから、当然独身だと考えるだろう)、正妻相手に戦う気力はなかったし、既に芽吹いていた新しい命に嫌な雑音を聞かせたくはなかった。

一流大学卒業後から真面目に10年以上勤めた会社だ。産休、育休を取ることもできた。でも、プライドが邪魔をした。

私は、寿退社をするか、結婚し子どもを産むからと堂々と産休を取る予定だった。

人に仕事を押し付けて早々と金曜は帰社し、私より仕事ができないのに、先に結婚していった同僚たちの顔が浮かぶ。未婚で子供を産むなんて、みじめで、知られたくなかった。

世間体を気にする親からは、頼むから産まないでくれと懇願された。

親戚中の笑いものになる、お前結婚したいって言ってただろう、子どもなんて産んじまったらもう誰とも結婚なんてできないぞ、と父からは怒鳴られた。

幸い、仕事を辞めても出産費用や当面の母子での生活費の蓄えはあった。実家には居ずらくなったので、横浜の郊外の古いアパートを借りた。

最初は家賃10万円の分譲マンションタイプの賃貸に住もうと思ったが、長い目で見てシングルマザーなら固定出費は抑えた方がいいだろうと、65,000円の家賃の古いアパートにした。

横浜駅から私鉄で10分ほど、駅から徒歩圏内だと、古いおんぼろアパートでも家賃は安くはなかった。

子どもが生まれてくるのだから、1部屋というわけにもいかないだろう。オンボロアパートだけれど、一応3部屋あった。

陣痛が来てからも、落ち着いていた。

一人暮らしで誰も頼れないのだから、有事に備えて何とか動物クラブとかの妊娠本を読み漁り、情報収集に余念がなかった。

生理痛の重いような鈍痛が始まり、トイレに行ったら下着に血がついていたので、自分でタクシーを呼んだ。

前もってあらかじめまとめておいた入院の荷物を持ち(雑誌に書いてある枚数の子どもの肌着も全て水通しして綺麗に畳んでおいたもの)、産婦人科へ向かった。

夜中だったこと、その日はほかにも出産の母親がいたこともあって、スタッフは手薄だった。

年配の助産婦一人が病室に案内してくれたが、自分で荷物は持てるでしょうと何ともクールな対応だった。初産で出産はまだ先ね、その痛み方なら出産は明日の昼頃ねとのんびりと言う。

この痛みが明日の昼まで続くなんて耐えられないと天を仰いだが、陣痛には波があり、痛みがないときは何ともなかった。

ただ、その痛みがやってくる感覚はどんどん短くなり、病院に着いてから2時間後には痛みにのたうち回るほどだった。

ナースコールを押しても、なかなか人は来ない。

ようやく悠長に現れた年配の助産婦は、私の下半身を見るやいなや、あわてた様子で医師を呼びに行った。

赤ん坊が子宮から下界へおりてくるのは早かったようで、結局朝を待たずに娘は生まれた。

産湯で汚れをとって綺麗になった裸の娘は、出産したばかりの私の胸に乗せられた。ふにゃふにゃしていて、あたたかくて小さかった。

数日前の検診で見た赤ん坊はサルのようだと正直思い、自分の子どもを愛せるか不安だったが、胸に我が子を抱くと言葉にできない愛おしさがこみあげてきた。

娘はサルではなく、世にもかわいい赤ん坊だった。

年配の助産婦が、お父さんを電話で呼びましょうかと私に声をかけた。

病院に来てもらうような人は誰もいない私が、はて、なんと答えたものかと黙っていると、あらかじめ病院に提出しておいた書類をようやく確認したのか、助産婦は私が未婚であることに気づき、平謝りだった。

そして、途端に優しく、親切な対応になった。

陣痛室から病室へ行くときも、入院時とちがって赤いボストンバッグを持ってくれた。同情でも何でも、産後陣痛の身にはありがたかった。

五体満足で生まれてきてくれた娘は、めったに泣かない、良く笑う、丈夫で育てやすい子だった。

何かの本で、子どもは親を選んで生まれてくるとあった。こんな片親の無職で不安定な母親だから、神様がきっと良い子を送ってくれたんだろう、と感謝した。

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※この連載は実話を元にしたフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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