④組織内でのパワハラ、いじめから生活保護~行政書士法人ひとみ綜合法務事務所の相談事例から考えるPTAほか社会問題と日本の教育の課題

57年ぶりの東京五輪開幕の昨日も、私が書いたブログを読んでくださった沢山の方からメッセージを頂きとても嬉しく思いました。

中には他県の弁護士の先生、行政書士の先生お2人から「訴訟費用のカンパをします」との大変有難いお申し出まで頂きました。実は同様のお申し出はこれまでにも何件か頂いたことがありますが、全てお気持ちだけ頂戴しました。

一連のネット上の名誉棄損や不法行為による同業者および大阪府行政書士会への損害賠償請求訴訟は、すべて行政書士三木ひとみ原告の本人訴訟です。裁判にお金がかかるといわれるのは弁護士に依頼した場合であって、本人訴訟の費用は裁判所に提出する切手、印紙代の微々たるものなのです。

既に和解に至り解決金を支払ってもらった案件もあるので、資金的なものでは一切問題はないのですが、惜しいのは時間です。とはいえ、同様の案件で作成した訴状や準備書面、証拠書類は使いまわしができます。

行政書士法人ひとみ綜合法務事務所のお客様には、何かあったときのために

「書面で(行政庁や相手方に要望書の提出、メール送付、FAX送信、内容証明など記録に残るものを)証拠として残しましょう」

とよく助言しますが、行政書士の私自身も、何かあったらすぐに書面にして然るべき適切な機関なりに提出します。こうした備えは、いざというとき功を奏します。

私が組織内でハラスメント被害を受けるようになったのは、2017年頃からで現在に至るまでおよそ3年半分なので、結構なボリュームになります。どれも事件が起こった当日中に(寝る前に、その日の仕事はその日のうちに終わらせる、このポリシーも役立ちました)作成したので、記憶が一番新しいうちに詳細を綴っています。日々仕事に追われる中、自分の身に起きたことを後から思い出して書くのは不可能だったでしょう(自分で書いたものも、時が経つと大半忘れているものです)。

告訴をした警察、提訴をした裁判所等に適宜、事件当時に既に作成済みの書面を提出することが殆どで、余計な労力時間の浪費も極力削減しています。人生100年といわれる時代。すべての経験が今後の糧となるよう前向きに捉え、日々の仕事を優先しつつ、街の法律家として自分と法人の権利も、法を盾に粛々と守備防衛に徹しています。

昨日のブログ末尾で予告した通り、今日のブログでは、「女性蔑視や人権問題などを巡るオリンピック関係者の辞任が海外メディアに注目されることが再び起こらない」そして、東京五輪が掲げる「多様性と調和」ある日本社会となるため、教育、PTAがどう変わるべきか私の意見を書きたいと思います。

1.孤立する子どもの支援から

かつての日本社会においては、一般サラリーマン家庭では専業主婦が多数派でした。年功序列、終身雇用制によって、専業主婦が家庭を守るという構図が可能だったのです。しかしながら、現在では小中学生の子どもを持つ家庭の過半数が夫婦双方フルタイムの共働き。夏休みなど長期間の休暇だけでなく、平日も学校から帰宅すると夜6時、7時、あるいはもっと遅くまで一人で留守番する子どもも多い現状。

空腹を感じても、未熟な子どもは一人で食事を用意することもできないのです。冷蔵庫に用意されていたとしても、電子レンジであたため、たった一人で食事をするという光景は、思い浮かべるだけでも寂しいものがあります。

金銭的余裕がある家庭であれば、有料の預かり所を利用することもできるでしょう。でも、片親家庭も増えていて、助けを本当に必要としている家庭の子どもほど、冷たい孤独に耐えているのが現状といえます。

このような家庭に対してもPTAは本来任意加入の私的団体でありながら、これを周知せず、あたかも親の義務であるかのようにしてPTA会費を給食費と一緒に徴収しているのです。

給食費であれば一定の収入以下の家庭には行政の補助がある場合が多いものの、しかし、PTA会費は私的団体、故に行政は非介入。

両親共働き、あるいは片親家庭の子どもは、忙しい親に心配をかけまいと気を張っていることが多いのです。

学校でいじめに遭っても、本来一番味方になってくれる親には、頑なにいじめを受けていることを隠そうとする傾向があります。日々の仕事や家事に追われている親も、子どもの変化に気づかず、けなげな演技についだまされて、『わが子は大丈夫』と思って見過ごしてしまいがちです。

こうした子どもを救えるのは、いじめの現場となりやすく、子どもが長時間過ごす学校でしょう。

無論、ただでさえ長時間勤務をせざるを得ない、教員にこの負担を押し付けてはなりません。統一テストで少しでも学校の平均点を上げるよう、かつてないほど教員へのプレッシャーは増えています。声なきいじめを発見するどころか、個別にいじめの相談を受けて対処する余裕もないのが実情でしょう。

では、どうすべきか。現状のPTAにそのケアができるとは到底考えられません。まずは組織浄化によって、PTAによってストレスを感じている多くの保護者の負担を軽減する方が先決です。

PTA活動は、かつて専業主婦が多かった時代には上手く機能していた側面もあるでしょう。暇を持て余すといっては言葉が悪いですが、子どもや先生のために無償で尽くす余裕がある親が多かった時代もありました。

時は流れ、共働き世帯が過半数を占める現代にはそぐわない活動が、負の遺産として残っています。全員参加型を目指せば、参加しない人が「非常識」「自分勝手」と非難の矢にさらされることは、容易にわかること。クラスPTAなどという、押しつけ連帯意識による義務感から、自分の子どもとしっかり向き合う余裕もない親の時間と労力を奪えば、どうなると思いますか。

多忙な親に遠慮してSOSを出せない子どもの孤立がますます進むだけでなく、過度なストレスにより親の精神的健康状態の悪化も懸念されます。実際に、PTA活動によるストレスを発端としてうつ病に陥り、生活保護の相談に行政書士法人ひとみ綜合法務事務所に行きついた方も少なくありません。

このような悪循環から、子どもだけでなく教師と保護者をも救う教育のヒントが海外の事例にありました。

令和3年7月13日、大阪府行政書士会の実在する行政書士名を語り、不審な内容(大阪府行政書士会定時総会で質問するな、研修に参加するな、その他一定の関係者しか知らない情報含む)が行政書士法人ひとみ綜合法務事務所公式ホームページ経由で届きました。業務妨害で即日大阪府警察天王寺署にIPアドレスと共に被害申告、現在刑事手続きを(裁判所を介した令状等)進めて頂いています。

担当刑事さんからは、犯人がネットカフェなどから書き込みをしたとしても、その時間帯の防犯カメラを検証し割り出すよう努力しますと、なんとも心強くありがたいお言葉をいただきました。

刑事課のフロアは既に相談者で一杯、刑事さんが当直で休む和室に通されました。寝袋の使い方など貼ってありました。

余談ですが、刑事だった父が昔、当直で2日ぶりに帰って寝ようとしたところ再び呼び出され、寝ずに仕事をしていたこと、刑事の寿命は60くらいなんだ(それくらい神経をすり減らすという意味でしょう)と言っていたことなど、ふと思い出しました。

行政書士として日々仕事をする過程において、今まで筆舌に尽くしがたいほど悔しいこと、悲しいこと、腹立たしいこと沢山ありましたが、すべて自らの言動に伴う責任でもあるので、冷静に、周囲への感謝と配慮を心して引き続き対応に当たっていきます。

強制加入制がとられ、国民の生活にとって身近で公共性が高い業務を行う行政書士が所属する行政書士会の発展と向上のためにも。

2.人格を育て、社会的責任を育てる教育

アメリカにおいても日本と同様に、統一テストでのみ測ることのできる学力の達成度の向上に取り付かれてしまっています。日本ほどの統一的教育はされていないものの、テストだけで子どもが評価されることに危機感を募らせた人々が立ち上がりました。

テストの点数だけで評価されるのであれば、どの国でも子どもは自然と自衛能力を働かせ、評価をする教師の前でだけ「良い子」を演じようとするもの。思いやり、優しさ、道徳心といった、テストの点数の枠外の部分は子どもの間で自然と軽視されるようになってしまうのです。なぜなら、結局評価される部分が試験の点数だから。

さまざまな人種、国籍の子どもが在籍するニューヨーク市の公立学校では、ボランティアによるさまざまな取り組みが行われています。日本でのPTAの在り方と対照的な部分が多いのです。まず、ボランティアの主体は子どもたち自身。活動を支援するNPOは別に存在し、働く母が片手間に義務感から行うのではなく、専門家が適切な指導をボランティアの子どもたちに施すのです。

ボランティアの子どもたちは、昼休みなどの休憩時間に主に活動を行います。ボランティア活動に参加している子どもだということがわかるように、共通のTシャツを着て、校内で困っている子がいないか巡回するのです。休み時間に一人でぽつんと寂しそうにしている子がいれば声をかけ、子ども同士で悩みを聞いて手助けをします。昼食の時間を活用して、目的別に学年の壁を越えて小さなグループでランチを共にするという活動もあります。人と話すことが苦手な子に、友達作りが得意な子が対人関係のスキルを身に着ける手助けをするグループ、世界平和について話し合うグループ、工作など楽しい活動をするグループ、スポーツを楽しむグループ、子どもたちの志向に応じたさまざまなグループが形成されているのです。

どのグループに属するか、ではなく、好きなグループに日替わりに行ってランチをすることもできるのです。子ども同士の輪に入れないで困る子をサポートするために、ここでもボランティアの子どもが活躍します。

未熟な子どもたちに全てを委ねるのではなく、定期的に大人とのミーティングも開催する。子どもたち同士の仲裁がどこまで、どのように進んだのかを具体的に専門知識を有する大人が聞き、アドバイスをしています。

こうした取り組みを行ったニューヨーク市の公立小学校では、ほとんどの家庭が低所得で、移住したばかりの移民で英語も満足に話せない子どもも多いのです。しかし、そうした不利な事情にもかかわらず、素晴らしい学力の向上を見せたというのです。アメリカの公立学校における問題は、日本と同じ所得差に応じた教育格差の問題が挙げられますが、この取り組みを行ったすべての公立小学校にいてこの教育格差が縮まったことは特筆に値することでしょう。コロンビア大学が共同で行った2年間の科学的調査においても、このような教育の有効性が証明されています

子どもたちに主体的自主性を持たせ、大人の定期的な見守りの下に自由な問題解決を委ねることで、社会で生きていく上で必要なことを自然と身に着けていけるわけです。こうした教育を行うことで、子どもたちは社会をより好意的に捉えるようになり、非暴力の方法で物事を解決しようとするようになるといわれます。出席率と学力も向上し、学校が好きになるといった結果が出ています。

日本とは文化も歴史も異なるアメリカの事例とはいえ、参考になる部分は多いと思うのです。この教育的実験は、学校教育によって子どもたちの心と頭脳どちらの能力を伸ばすことも可能であり、またそれが必要であることを証明しています。

しかも、教師の負担を増やすことなく、子どもたちの主体的自主性によって問題解決を促しているのです。少人数の教師が多人数の子どもを管理しやすいように、統一的教育を徹底させると、どうなるでしょうか。

社会に出てからも、上からの命令に従って黙々と仕事をする、トップが管理しやすい人材が育つのです。不正会計処理だろうが、賞味期限切れ食品だろうが、上の方針に一人背くことができない。勇気ある一人が声を発したとしても、多勢がそのような保身ばかり考えていれば、結局何も変わらない。だから、誰も不正に声を上げず、諦めて現状を受け入れてしまう。

PTAは市議会議員を擁立し、地域政党を支える組織票の確保先として、不動の地位を獲得したといえます。入退会自由、任意加入の私的団体というPTAの性格を一般保護者に知らせぬまま集めたPTA会費によって恩恵を受けるのは、大きな既得権益の享受者に留まりません。

「みんながやっているから。」
「誰も文句を言わないから。」

深く考えることもなく、現状に甘んじる日本人が多くても、これまでは「教育の成果」もあってそれなりに日本社会は機能してきました。
しかし、グローバル化が進んでいく未来においても、数の力でこのような「小さな」悪事がまかり通る閉鎖的な社会であり続ければ、いずれ必ず日本は行き詰まるはずです。

既に、日本における所得格差はこれまでにないスピードで拡がっています。私は行政書士になってから、当初専門にする予定だった国際業務よりもはるかに多く生活保護の相談を全国から受けており、この社会的格差を実感している一人です。

選挙へ行って権利を守ろうともしない、無関心で無気力な若者が悲しいことに増えています。教育において、子どもの主体的自主性を尊重することが今、何より求められていると思います。

連休最終日の明日は、連載最終のブログで締めます。連休明けの一週間は既に行政書士法人ひとみ綜合法務事務所のスケジュールは一杯、かつ新規のご相談は基本当日対応しますので、ブログは当分書けなくなります。ぜひ明日も読んでくださいね。