生活保護と年金

「老齢基礎年金の受給資格ができると、そちらが生活保護よりも優先されますか?65歳より年金を後ろ倒し、70歳まで延ばすということは可能ですか?自分の意思で年金受給の時期を決められるのでしょうか?」

本日、60歳を少し過ぎた女性の生活保護受給者の方からご相談がありました。よくあるご質問の一つのため、行政書士法人ひとみ綜合法務事務所のブログにてまとめることにしました。

生活保護と公的年金は、役割が異なります。資産、能力等すべてを活用してもなお、生活に困窮する方に対する最低生活の保障及び自立の助長をするのが生活保護制度です。就労収入や年金収入等を差し引いた、最低生活を保障する水準に足りない分が生活保護費として給付されます。

一方、公的年金は、高齢による稼得能力の減退を補てんし、老後生活の安定を図る目的の制度です。現役時代の収入の一定割合が保障され、老後生活の基礎的な費用に対応することで、現役時代に構築した生活基盤や老後の備えと合わせて自立した生活を可能とするものです。

生活保護受給については、預貯金等の調査を厳格に実施するのに対し、公的年金は他の収入や資産の有無にかかわらず、現役時代の保険料納付実績に基いた年金が支給されます。個々の生活状況に関わらず、支給されるのが年金です。

老齢基礎年金は、20歳から60歳まで40年間保険料を払うことで、65歳から年金を受給できるのが基本です。40年間一度も滞納せず保険料を納めた場合、65歳からもらえる年金額は、年額816,000円が1年間の支給額です。(2024年度価格、毎年4月に変更されます。)勤務先で厚生年金保険料を負担していれば、老齢基礎年金に加えて老齢厚生年金を受給できます。

老齢基礎年金、厚生年金は、原則として65歳から受け取ることができますが、60歳からでも希望すれば繰り上げて受給が可能です。繰下げ受給も請求をした時点に応じて、月あたり0.4%減額され、その減額率は一生変わりません。60歳から最大減額率の年金を受け取ると、本来貰える年金よりも24%減となります(0.4%×60か月)。

老齢基礎年金、厚生年金、どちらも65歳で受け取らず66歳~75歳まで繰り下げて、増額した年金を受け取ることもできます。(昭和27年4月1日以前生まれの方、又は平成29年3月31日以前に老齢基礎年金・老齢厚生年金の受給権が発生している方は繰下げの上限年齢は70歳※権利が発生してから5年後※までです。)

65歳以後に厚生年金保険に加入していた期間がある場合や、70歳以降に厚生年金保険の適用事業所に勤務していた期間がある場合で在職老齢年金制度により支給停止される額は増額対象になりません(加給年金額を除いた老齢厚生(退職共済)年金(報酬比例部分)である基本月額と総報酬月額相当額との合計が50万円以下なら年金額は減額されません。基本月額と総報酬月額相当額との合計50万円を超えると、基本月額から50万円超える基本月額と総報酬月額相当の合計の半額を引いた金額が支給停止となります。)。

繰り下げた期間に応じて年金額が月単位(1ヶ月繰下げると0.7%増)で増額され、その増額率は一生変わりません。老齢基礎年金と老齢厚生年金をそれぞれ別々に繰り下げることもできます。
75歳まで繰り下げると、最大増額率は84%になります(0.7%×120か月)。

昭和60年の法改正によって厚生年金保険の受給開始年齢が60歳から65歳に引き上げられたことから、受給開始年齢を段階的に引き上げるために設けられた【特別支給の老齢厚生年金】というものがあります。男性の場合は昭和36年4月1日以前生まれ、女性の場合は昭和41年4月1日以前生まれで老齢基礎年金の受給資格期間(10年)があり、厚生年金保険等に1年以上加入していたこと、受給開始年齢に達している方が【特別支給の老齢厚生年金】の受給要件です。この【特別支給の老齢厚生年金】は繰り下げ制度はありませんので、受給開始年齢に達したら速やかに請求することになります。

また、65歳の誕生日の前日から66歳の誕生日の前日までの間に、障害給付や遺族給付を受け取る権利があるときは、繰下げ受給の申し出ができません。ただし、障害基礎年金または旧国民年金法による障害年金のみ受け取る権利のある方は、老齢厚生年金の繰下げ受給の申し出はできます。

繰下げ請求は遺族が代わって行うことはできず、繰下げ待機中に亡くなった場合で遺族から未支給年金の請求が可能な場合は、65歳時点の年金額で決定したうえで、過去分の年金額が支払われます。ただし、請求した時点から5年以上前の年金は時効により受け取れません。

繰下げを希望し、65歳時点で年金の請求を行わなくても、実際の年金の請求時に繰下げ申出をせずに65歳到達時点の本来の年金をさかのぼって受給することも可能です。70歳に到達した日以降に、65歳からの本来の年金を受け取る場合は、請求の5年前の時点で繰下げ受給の申し出があったものとみなし増額された年金を一括で受け取ることもできます。これは、特例的な繰下げみなし増額制度で、80歳以後に請求する場合や、請求の5年前の日以前から障害年金や遺族年金を受け取る権利がある場合は適用されません。また、過去分の年金を一括して受給すると、過去にさかのぼり医療保険・介護保険の自己負担や保険料、税金に影響する場合があります。

繰上げ受給のメリットは、年金を早く受け取れる一方で、年金額が減額され、その減額された年金が一生続くというデメリットがあります。

繰下げ受給のメリットは、年金額が増えることですが、繰下げ期間中は加給年金が受給できなくなるというデメリットがあります。加給年金とは、65歳になって年金の受給権が発生したときに要件に充てはまる配偶者や子がいると上乗せされる家族手当のような制度です(最大年額約39万円)。

60歳から繰上げ支給される年金は、満65歳になってから支給されるはずの年金額が減額されて支給されるものであり、生活保護を受けている方であっても今後の自立を展望すれば繰上げ受給は好ましいことではないといえます。そのため、ケースワーカーが繰上げ受給を行政指導の一貫として勧めるケースもありましたが、あくまでも本人の意思のみが優先されます。また、たとえ繰上げ受給をすれば生活保護費以上の年金を受け取れる場合であっても、あくまでも本人の選択にゆだねるべきと現在の法令上はされています。

しかしながら、満66歳以後に繰下げて増額された年金を受給することは、現行の生活保護制度においては認められていません。

ご自身の年金受給額は、ねんきん定期便や年金ネット等で確認できますので、65歳時の金額を基準に繰上げ受給、繰下げ受給の減額率や増額率を掛け合わせてみてくださいね。

また、70歳から年金受給を考えていた方が65歳以降70歳までに亡くなれば、受給していなかった期間の年金は所定の遺族が未支給年金として一括で受け取ることができますので、家族でも話し合っておくとよいかもしれません。

厚生労働省は、会社員などが亡くなった際に配偶者や子に支給される遺族厚生年金の受給期間を性別にかかわらず5年とする方向で検討に入ったことがネット上でバッシングされて、不安に思っている方もいらっしゃるようなので、これについても少し解説したいと思います。

遺族年金には、「遺族基礎年金」と「遺族厚生年金」の2種類があります。国民年金の加入者や65歳からもらえる老齢基礎年金を受給する資格のある人が亡くなったとき、遺族である、子どものいる配偶者と子どもへ支給されるのが「遺族基礎年金」です。遺族基礎年金は、子がなければ配偶者も受け取れませんし、子が成長すれば子も配偶者も対象外となり、遺族基礎年金は支給されなくなります。

厚生年金保険の加入者や老齢厚生年金を受給する資格のある人、障害厚生年金を受給中の人が亡くなった場合、生計を維持されていた以下の遺族のうち、最も優先順位の高い人だけが受け取ることができるのが、「遺族厚生年金」です。

1.子のある配偶者
2.子(18歳になる年の3月末迄、又は20歳未満で障害年金の障害等級1・2級)
3.子のない配偶者(子のない30歳未満の妻は5年間のみ受給。子のない夫は、55歳以上である場合に限り原則60歳から受給できる。)
4.父母(55歳以上である場合に限り。受給開始は60歳から)
5.孫((18歳になる年の3月末迄、又は20歳未満で障害年金の障害等級1・2級)
6.祖父母(55歳以上である場合に限り。受給開始は60歳から)

遺族厚生年金の年金額は、死亡した人の老齢厚生年金の計算の基礎となる、年金の加入期間や過去の報酬等に応じて決まる報酬比例部分(計算方法は生まれ年によっても異なり複雑)の4分の3の金額。

ここまででも既に子どもがいない夫婦の場合の男女差がありますが、夫がなくなったとき40歳以上65歳未満、生計同一の子がいない『妻』と、遺族厚生年金と遺族基礎年金を受けていた『妻』が子の18歳(障害があれば20歳)到達年度の末日に達し遺族基礎年金を受給できなくなったときは、中高齢寡婦加算(年額612,000円)というものがあります。この中高齢寡婦加算も、段階的に廃止する方向で検討されています。

現行制度は、夫が働いて妻を扶養する世帯が多かった時代につくられたもので、「夫と死別した妻が就労して生計を立てることが困難」との考えに基づいたものです。厚労省は、共働き世帯が中心の現状にそぐわないとして、男女差を解消するため、配偶者が亡くなったとき60歳未満で子がいない人は、性別にかかわらず、従来額よりも受給額を増やし5年間受給できるようにする方向です。男女の就労環境には今も差があることから、妻の受給期間5年間への短縮は数十年かけて段階的に行い、既に受け取っている人は制度改正の対象としない方向ですから安心できます。

行政書士法人ひとみ綜合法務事務所には、障害年金に関するお問い合わせも多く、その場合は行政書士ではなく提携している社労士の先生にお繋ぎしています。

他人の介助を受けなければ日常生活のほとんどができない障害の状態だと1級、軽い活動はできても労働によって収入を得られないほどの障害が2級とされているので、厚生年金保険に加入していない場合だと1級と2級しかない障害基礎年金のみのため、家計のため無理をして仕事をしているような状況だと、本当に病状が辛いのに障害年金の申請をしても受給ができないという悲劇も起こり得ます。
厚生年金保険に加入している人は、労働は可能だけれども制限が必要という状態の3級まで障害年金受給ができます。そのため、生活保護受給者の方が仕事を探し、就職して障害厚生年金3級の年金を受給継続しているケースもあります。

このイラストは、行政書士法人ひとみ綜合法務事務所アルバイトスタッフで行政書士の著書『わたし生活保護を受けられますか』の中挿絵(泣いている女の子)を描いてくれたかまぼこ。さん(イラストレーターとしてのペンネーム※今後ネーム変更予定とのこと☆)が神戸新聞論説委員の木村さんの撮影してくださった写真を元に描いたものです。
左から、希望塾代表の田坂美代子さん、認定NPO法人女性と子ども支援センターウィメンズネット・こうべ代表理事正井禮子さん、弊所行政書士三木ひとみ、出版社ぺんこむ増田社長、女性の自立支援住宅ミモザハウスにて。

お気に入りの夏レシピ!(7年前にお客様から頂いた手書きのレシピ、月日を感じる色合いになってきました♪)