東京オリンピック2020年の幕開け~行政書士法人ひとみ綜合法務事務所の抱負

特定行政書士の三木ひとみです。本日、令和2年1月1日元日也。行政書士法人ひとみ綜合法務事務所は今朝も9時前から通常通り業務開始。
全国からHP経由、メール、お電話にて年始といえども緊急対応の必要のあるご相談をお受けしました。


新年あけましておめでとうございます。行政書士法人ひとみ綜合法務事務所天王寺支店徒歩3分ほどの由緒ある四天王寺前にて。仕事前の朝7時頃で、元旦といえどもまだ人はまばら。四天王寺のお堂の外からのお参りは、24時間門が開いているため、いつでも出来るのです。


こちらは、行政書士法人ひとみ綜合法務事務所の代表行政書士であり、同じく特定行政書士の榎田啓先生。去った年の反省と新たな年の決意をし、希望に満ちた一年の門出のために、初詣に早朝からスタッフ皆で行ってまいりました。

受験生が「ごーくーみ」と暗記しやすい593年、今から1400年以上も前に建立された大阪市天王寺区にある四天王寺は、日本書紀に創建の経緯が記されています。

当時、日本に伝わってきた仏教をめぐって、豪族の間で争いが起きました。仏教を排除したい物部氏の物部守屋に対して、仏教を支持したのが蘇我氏の蘇我馬子(そがのうまこ)でした。日本の紙幣として最も多く肖像が使われた、かの有名な聖徳太子は蘇我馬子の味方で、聖徳太子は自ら四天王の像を木で彫刻し、
「この戦いに勝利したら、自分が作った四天王像を安置する寺を建てる」
と願掛けをしました。そして、見事劣勢から挽回した蘇我氏は勝利。聖徳太子は誓いを果たすため、四天王寺を建てたと言われています。

聖徳太子といえば、日本の一番最初の憲法「十七条憲法」を作ったとされることでも有名です。現在の日本国憲法は、政府と国民の関係を規律するものですが、十七条憲法は官僚や政治に権力を持つ貴族の道徳的な規範が示される行政法としての色が強かったのです。

行政相手の仕事が中心の行政書士法人ひとみ綜合法務事務所としては、近くに四天王寺が位置することに良いご縁を感じます。初詣参拝は恒例行事です。


榎田啓先生の後ろの四天王寺の伽藍(がらん・僧侶が集まり修行する清浄な場所)の配置は、南から北へ、五重塔、金堂、講堂が一直線に並び、それを回廊(かいろう・寺院の建物や中庭などを屈折して取り囲むように造られた廊下のこと)が囲みます。四天王寺式伽藍配置と呼ばれる、飛鳥時代を代表する日本最古の建築様式の一つです。


お参りが終わる頃には、屋台もちらほら開店し始めました。奥に見えるのは、四天王寺の西側に位置する「石の鳥居」。重要文化財に指定される、鎌倉時代の1294年に建立された石造りの鳥居です。門の外は極楽浄土という意味の、「釈迦如来 転法輪処 当極楽土 東門中心」という文字が書かれた、見るからに古い額が鳥居の上に掲げられています。

中世の絵画史料には、四天王寺のこの石鳥居の辺りに多くの被差別民の姿が描かれています。多くの参拝者が来るので、施しを期待して生活に苦しむ人たちが集まったとも、極楽浄土に一番近い場所とされていたこの地に精神的、宗教的な救済を求めて来たのではないかとも推測されます。

横浜生まれ、横浜育ちの私は「部落問題」を身近に感じることがないまま社会に出ましたが、大阪で行政書士として仕事をしていると、「親から部落の人と結婚するなと言われた(近親結婚などの歴史があって遺伝的に問題がある、など)から、大阪の部落地域を教えてほしい」といった問い合わせがあったり(行政窓口に電話をしても教えてくれないから、と・・・。)、差別を助長する悪質な行為を目の当たりにすることも少なからずあります。

便利なインターネットも、使い方を誤ると悪意なく書き込んだこと(自分が見て根拠に乏しいのに信じてしまった内容の拡散など)が、人を傷つけることがあります。匿名性というインターネットの特性を利用して、生活保護を受けている人や外国人、障害者など、社会的弱者といわれる人々に対する人権侵害行為も残念なことに多発しているのが現状です。

令和2年元旦の本日、行政書士法人ひとみ綜合法務事務所にお電話相談された女性のお客様は、ごく普通に派遣の仕事をしていた一人暮らしの女性で、いわゆる社会的弱者とされるくくりには当てはまらない方。

同性の正社員が職場で、派遣の自分を無視、正社員の女性だけをランチに誘う、いわゆる仲間外れにされたことで毎朝出勤時に辛くて頭痛やめまいを起こすようになってしまった、有給も使い切りこれ以上休むと家賃も払えず、生活ができなくなってしまうという切羽詰まった相談でした。

資格取得と正社員登用も目指して頑張っていた職場で、ハラスメント被害に遭った自分が仕事を辞めることは逃げるようで悔しい、という思いもおありで、当面の生活を安定させるために年初役所開庁日の1月6日に特定行政書士が代理作成した申請書を提出すると同時に、行政書士法人ひとみ綜合法務事務所が提携する弁護士を紹介してパワハラについては民事提訴、刑事告訴を視野に行動していくということになりました。

パワーハラスメントのほか、セクシャルハラスメント(セクハラ)、ジェンダーハラスメント(同性カップルの方のご相談や、そのネットワークによるご紹介というのは最近とても多いです)、アカデミックハラスメント(アカハラ、あまり知られていませんが優秀な学生が教授から正当な評価をしてもらえないなど)、モラルハラスメント(モラハラ)など、ハラスメントは無意識のうちに行われることが多く、いつの間にか加害者になっている恐れもあります。

行政書士の重要な仕事、社会的役割の一つは予防法務ともいわれ、今回のご相談のように実際に被害により健康を害するなど損害が生じて、法的トラブルになる前に回避することです。

大人のハラスメント、子どものいじめも同じで、周りの人が日ごろから相互に思いやりを持ち、あれ、おかしいなという出来事があったら「面倒だから関わりたくない」という気持ちを優先させるのではなく、公平な対人関係が保たれているか、一人一人が他者に思いやりを持つことが何より大切だと私は思うのです。


行政書士法人ひとみ綜合法務事務所の年賀状は、毎年エンジニアスタッフが数パターン作成してくれます。

飲食業許認可や民泊申請などで必要な図面作成も、外注する行政書士事務所が多いですが行政書士法人ひとみ綜合法務事務所では内部ですべて行えるため、外注費の節約が可能で結果的にお客様に利益還元できるようになっています。

令和2年の行政書士法人ひとみ綜合法務事務所の抱負です。

1.法令順守・・・国家資格を有する『街の法律家』として当然のこと!

2.公平誠実・・・権威や地位、金力に惑わされず、忖度(そんたく)はしません!

3.無病息災・・・本日四天王寺さんにて、全力でお願いしました!

新たな1年も、行政書士法人ひとみ綜合法務事務所は、法の支配による三権分立、人権保障という日本で生活するすべての人に安心感を与えている基本原理を念頭に、日本国民の生活上の諸権利、諸利益が守られ、また行政においても効率的な処理が2名の特定行政書士が作成する正確・明瞭な書類によって確保されることで公共的利益が還元されるよう、精一杯お客様と共に伴走してまいります。

東京オリンピック2020年の幕開け~行政書士法人ひとみ綜合法務事務所の抱負”へ2件のコメント

  1. アバター 福岡県 H.S様 より:

    明けましておめでとうございます。
    今年も宜しくお願い致します。
    久々に「部落問題」の言葉を見ました。

    私も正直中学二年になるまで知りませんでした。2年生で転校した先の学校で部落差別問題の授業というものを初めて知り、なんだ?これは?と思いましたが誰もはっきりと教えてくれず、あぁこれは聞いちゃいけないのかな、タブーとされてるんだと感じました。その頃とても疑問に思っていました。なんにも知らない人にわざわざ教えなくとも、と…。今だにわかりませんが、まわりの大人たちに刷り込まれていったような気がします。日本は平等ではないですよね。そんなこと偉そうに言う自分自身はどうなのか?自分がとりあえず良ければとどこかで思ってるのかもしれません。正直なところ。
    なんか嫌だな、こんな自分と自己嫌悪です。

    すみません、少し介護疲れでネガティブチックです((笑)

    でもひとみ綜合法務事務所さんの今年の抱負、素晴らしい❗特に「忖度しません」は最高です!
    心強い限りですね❗

  2. アバター 行政書士三木ひとみ より:

    HS様、コメントをいただきありがとうございます。行政書士の三木です。
    新年あけましておめでとうございます。

    九州地方福岡県にお住まいのHS様も中学生まで部落をご存知なかったとは、意外でした。九州にはかつて、部落が多く存在したという行政記録(1919年の内務省社会局統計、戦前の被差別事業の改善事業のために1936年に行われた全国調査など)が残っていて、近畿地方も奈良県や兵庫県を中心に関東よりもその数が多かったために今も根深く差別が残ります。ただ、調査時において既に部落解体されていた地区が調査対象に含まれていなかったり、その正確性は疑問視されています。また、部落差別をなくすための調査だったにもかかわらず、逆に部落差別を助長する材料として部落が存在した地域の市区町村まで細かく記載された記録が売買されるなど、問題が多発したために部落問題に触れること自体がタブー視されるようになったという背景もあります。

    私も中学校で入賞した人権作文コンテストの授賞式で、部落について書いている近畿地方在住の中学生の受賞作文を読んで初めて知ったのです(私は祖母が障害者だったので、そのことを作文に書いて全国表彰されました。当時はデジタルが普及していなかったので、残っていなくて残念です)。

    部落差別の解消を推進するためにも、かつてのように話題をタブー視するのではなく、同和(部落)問題を正しく理解して人権が尊重される社会が実現されるよう、国も啓発活動を行っています。国いわば行政と市民の架け橋となることが使命の『行政書士』である私からも、もう少し詳しく見解含め解説させていただきますね。

    同和と部落は、いずれも法律上の定義はありませんが、同じ意味で使われることが多いです。部落は集落の意味で、部落差別の対象となる部落を被差別部落といい、部落差別によって生じる社会問題を部落問題といいます。同和は『同胞融和=人々が仲良くするという意味』の略語で、行政用語として部落問題を同和問題というようになったのですが、平成28年に施行された『部落差別の解消の推進に関する法律』によって、部落という言葉も法律で用いられるようになりました。

    部落差別の起源は古来に遡ると言われ、天変地異などの災いを汚れと捉え、葬儀や法要などでその汚れに関わる人を見下す意識が発端だったとされています。江戸時代で武士をトップとする士農工商という身分区分が作られ、そこで歴史の授業でも習う『えた・ひにん』とされた被差別身分が公然と生じてしまったこと。

    明治維新によって被差別身分制度は廃止されて、同じ平民となったものの、被差別身分の人たちが住んでいた居住地域に対する差別意識は残ってしまったのです。大正11年(1922年)に全国水平社が創設されてからは、部落差別解消の運動は全国に広がって以後も粘り強く進められました。戦後、基本的人権の尊重を柱とする日本国憲法が昭和22年(1947年)に施行されましたが、部落差別は依然存在して、同和地区で暮らす人々は就職、教育の機会均等が保障されないまま、貧困による劣悪な生活環境に置き去りにされました。その生活実態がさらなる差別を生み、貧困から抜け出せないという負のループも見られました。

    そこで、昭和44年(1969年)に同和対策事業特別措置法が施行され、同和地区のインフラ整備やそこで暮らす人たちの就職支援、教育文化の向上といった事業が進められて、物的な生活環境の格差は大きく改善(それまでの間どんな劣悪な環境だったのか考えてしまいますよね)されたことから、平成14年(2002年)にこの事業は終了しました。

    今なお残る部落差別が、結婚、就職です。平成23年(2011年)には1万件以上もの戸籍謄本等の大量不正取得が発覚しましたが、その背景には同和地区出身者との結婚を身内が心配したり、就職時に企業が採用希望者の身元調査を求めるといった社会の意識がありました。行政書士も、職務上請求書というものを使用して、個人情報の記載された他者の戸籍謄本や住民票を委任状なしに本人に代わって取得することができるので、身分調査など人権侵害となる行為を依頼してくる人もいるのです。職務上請求書の不正使用による戸籍等の取得は決して許されることではなく、行政書士が関われば処罰の対象となります。

    昭和50年(1975年)には、全国の同和地区の所在地情報を記載した、部落地名総鑑という差別本を多くの企業が購入していた問題が発覚して、その図書は回収・処分されたものの、内容がネット上に投稿されるという問題は今も続いています。

    部落差別は他人事と思う人も少なくありませんが、マイホーム購入という多くの人にとって身近な場面で、『通学区域に部落地区がないか』『取引物件の所在地が同和地区か』といった質問を一般消費者が不動産会社(宅地建物取引業者)に今も少なからずしている実態も平成28年(2016年)の自治体調査などで明らかになっています。

    部落差別については、『部落のことを教えなければ差別は消える』『同和地区がどこか知らない人ばかりあれば差別は自然消滅する』といった、寝た子を起こすな的な考えが以前は主流でした。ところが、インターネットの普及が急速化し、情報化の進展に伴って、同和地区がどこか調べようと思えばいくらでも調べることが可能となりました。そこで大切なのが、一人一人の人権意識であり、国が啓発活動に力を入れる契機ともなったわけです。
     
    封建時代には特定の身分の人が特定の土地に住まなければいけないということはありましたが、現代においては居住移転の自由が憲法で保障されているので、同和地区に住んだからといって部落出身というわけではないのですが、そこに住むことで周囲から部落出身ではないかと見なされて差別されるのではないかと考える人が多くいて、結果として差別が解消されないということがあります。

    差別もいじめも、『される側』ではなく、『する側』に問題がある、差別をする人、いじめをする人がいることで悲しく辛い思いをする人が生まれてしまうという当たり前のことを、一人一人が自覚することが問題解決につながるとされています。

    そのためには具体的にどう考え、行動するべきか?偏見を持たずに人と接することだと、私は思います。『あの人は面倒だから避ける』ということを良しとする人は多いですし、それは思想良心の自由という別の憲法の条文において保障されるものだからと言う人も多くそれはそうなのですが、多様な人を受け入れて交流することが、世の中から悲しい差別やいじめをなくしていくことに繋がると考えています。

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