ブスの処世術 最終話

「地方分権一括法により、国対地方自治体、また地方自治体間は対応及び協力関係となった為、神奈川県庁から所轄の福祉事務所への生活保護行政における指導は困難なはず」

「生活保護のことで上級行政庁に掛け合っても、地域の福祉事務所が動くことは簡単ではない。県は福祉事務所に協力依頼することも多々あるため、却って反発を食らう可能性もある。」

前回のブログの冒頭部分(ブスの処世術ではなく、真面目な行政書士業務の話の部分)について、同業の先生からこんなご意見を頂きました。

前回の記事→ブスの処世術3

神奈川県庁の福祉子どもみらい局福祉部生活援護課は、神奈川県の政令指定都市(横浜市、川崎市、相模原市)と中核市(横須賀市)以外の福祉事務所の上級行政庁にあたり、これら所轄の福祉事務所に対し、指導する権限があることを念のため行政書士の三木ひとみが直接令和3年8月12日に電話で再度確認しています。

また、実際の行政書士業務において、福祉事務所の不適切な対応を上級行政庁に相談し、間に入ってもらい解決した事例はこれまでも多数ありました。

地方分権一括法による生活保護法及び社会福祉事業法の改正により、地方自治体の裁量は拡大しました。とはいえ、生活保護制度は、憲法第25条の理念に基づき、国の責任において生活困窮する全ての国民に対し、健康で文化的な最低限度の生活を保障する制度であるため、地域や個人によって実質的な差が生じることがあってはならないわけです。

この生活保護制度の根源的責任の基本的な考え方から、国は、平成12年度の地方分権一括法において、生活保護を
「生存にかかわるナショナル・ミニマムを確保するため、全国統一的に公平・平等に行う給付金の支給等に関する事務」であるとして、法定受託事務に分類しました。

法定受託事務と自治事務との差異は多々ありますが、もっとも大きいのは国の関与です。法定受託事務の場合、厚生労働大臣は地方自治体に対し、技術的な助言等ができることに加え、事務処理の基準を定め、是正指示や代執行手続きを行うことも可能です。

生活保護は法定受託事務であるため、厚生労働大臣が責任と権限をもって、生活保護基準や処理基準等、制度の枠組みを決定し、地方はあくまでもその基準に従って事務を実施します。こうした基本的な枠組みは、ナショナル・ミニマムを確保する観点からも堅持する必要があり、生活保護事務等は「地方の自由度を高め創意工夫に富んだ施策を展開するため地方自治体の裁量を拡大する」に相応しいものではないという指摘がされています。

尚、生活保護に関する事務(保護決定、保護施設に関する認可、指揮監督等)は、基本的に法定受託事務とされていますが、自治事務として「相談及び助言」があります。自治事務の場合には、厚生労働大臣は地方自治体に対し、技術的な助言、勧告や必要な資料の提出要求や是正の要求ができるにとどまるため、自治体は自らの裁量と権限によって業務の充実を図ることができます。

ちなみに、本日8月13日金曜も、大阪市24区内の福祉事務所の対応(行政書士に相談する前に直接役所に出向いたものの、生活保護申請できないと思い込んで諦めてしまったケース)について大阪市本庁福祉局査察指導員の南出さんに相談し、事実確認を福祉事務所にしていただき、回答を行政書士法人ひとみ綜合法務事務所宛に頂きました。

ここから先は、先日からのブログの続き『ブスの処世術最終話』です。
興味ある方限定で、行政書士三木ひとみのトホホな青春時代の実話をお楽しみください。

ブログ内で使用する写真と本文は、一切関係ありません。

第5章 ブス根性による自業自得の人生転落~奈落の底へ

○努力の末にダイエットに成功→恋愛成就

朝食と昼食をしっかり食べて、夜は野菜だけというダイエットは功を奏した。1ヶ月に1キロのペースで順調に体重は落ちていき、恋をしているためか肌の調子も良かった。

(ここから脳内で、中村あゆみ「翼の折れたエンジェル」をイメージ!)
7月、国際野球大会で2人は出会い~8月、2人はデニーズで再開~9月23日(←見よ!日付も覚えている!)遊園地で「グループデート」なるものも経験した♪

八景島シーパラダイス、略してシーパラでのグループデート。絶叫系がダメという男子は見学。女子だけで一番人気の海沿いの乗り物・コースターに並んでいると、美人の友達ミカちゃんが蚊に刺されたと言うので、
「あ、私キンカン持ってるよ。塗る?」
と聞くと、丁重に断られた。あれ、また何か変なこと言っちゃったようだ。美人のミカちゃんは、キンカンの臭いを漂わせながらデートをするなんて考えられなかったらしい。

そして、忘れもしない、1999年10月2日。夏の国際野球大会の打ち上げ会に参加した帰りのことだった。トモ君に一緒に帰ろうと誘われ、駅で電車を待っていたときだった。「もう会う機会もないだろうな」私はそんな諦めの心境だった。

昔から彼氏がほしくて、子供の頃の唯一の楽しみだった古本漫画のような青春がしてみたくて、次から次へと告白していた。そして振られ続け、すっかり自信をなくしたブスの私は、優しくてハンサムなトモ君に振られるのだけは嫌だったのだ。
そう、かつてアメリカで大好きだったジョーに告白できなかったように。

「ひとみちゃんのことが好きなので、付き合ってください」
電車がホームに入ってくるときに言われた。
天を舞うような気持ちになりながら、帰路についた。

○だんだん内面ブスに・・・でも大学は志望校現役合格

トモ君は長身ハンサムで、モデル出身俳優の大沢たかおに似ていた。中学の悪友らは、私とトモ君のプリクラを見て、「えっ美女と野獣の逆バージョンみたいじゃん!」と驚き、祝福してくれた。
スポーツ万能。頭も良くて性格も良かった。鎌倉の豪邸に住み、小学校から国立付属、正真正銘のお坊ちゃん。

トモ君は、暗雲の続いていた私の生活に突然現れた虹のようで、毎日とても幸せだった。トモ君は私の外見ではなく、中身を見て好きになってくれた。

しかし、残念ながら、空にくっきり架かっていたはずの虹は、徐々に薄くなっていった。大好きな彼氏に夢中で、私は受験勉強にあまり熱が入らなくなっていた。トモ君は一流大学(早慶上智のどれかは内緒)に推薦入学が決まっていても、放課後は私の勉強に毎日付き合ってくれた。でも、私は勉強に全く身が入らず別の話をしようとして、トモ君も徐々に呆れてきていたと思う。2人の間に、情熱の温度差が生じていた。

冬休みは、夢だったディズニーランドでデートがしたいと頼み、高校3年追い込み時期に遊んでいた。それでも、中学からガリ勉を続けた貯金があったので、私は国際基督教大学(ICU)教養学部語学科、青山学院大学英文科、上智大学文学部教育学科に現役合格した。受験料も自分で捻出したため、4校しか受験しなかった。残りの1校は立教大学だったが、なんと、2月14日のバレンタインデーにトモ君がいらないというのにチョコレートケーキを手作りしたため、疲れて翌日15日寝坊して試験を受けられなかったのだ・・・。しかし、受験は何とか乗り切った。

余談だが、1年間アメリカに留学していたため、理数はすっかり高校の進度についていけなくなっていた。塾も予備校も行けなかった。

そのため、私は高3の4月に計画を立て、ICUは理系の問題も交ざるとはいえ基本英語と日本語の長文読解、青学と立教は英語試験のみ、上智は英語、小論文、面接のみの募集枠(いずれも狭き門ではあるが、私の英語と国語能力の偏差値は突出していた)に的を絞り、他の学生が3~5科目程度勉強する中、ほぼ得意の英語だけ集中して勉強し続けた。しかも、教材はすべて、金校の大学受験部屋にあったテキストをコピーさせてもらうという節約勉強法。

結果、英語の模試成績は全国トップを常に維持し、計算尽くしの大学受験勝利だった。

○卑屈なブス心で振られてしまう

大学合格した春休みは、楽しかった。間違いなく私の人生の絶頂期の一つだった。当時、横浜市立金沢高校からICUに合格したのは高校創立以来私が初めてだったし、高校の広報誌にもインタビュー記事が載った。

なんといっても、今まで私に見向きもしなかったクラスメートの男子たちが、しょっちゅう私の周りに来て話しかけてくるようになったのだ!

「きっと将来、有名になるんだろうなぁ。」
そんな嬉しいことを言ってくれたのは、浪人が決定していたワタナベ君だった。

謙虚に自分の内面を磨き教養を育む努力を怠り、私はだんだん傲慢な天狗になっていったように思う。

トモ君は人気者なので、男女問わず友達が多かった。トモ君は神奈川県の野球の名門校出身で、大学も六大学の一つの野球部入部が決まっていた。知り合いが多く、一緒に街を歩いていても、色んな人に声をかけられた。中には美人も沢山いた。

すると、小中学校で暗くいじめの対象だった自分と比べてしまい、釣り合わないと思い込んで、浮気されないか、誰かにトモ君を奪われないか、心配で心配で、また卑屈なブス心に戻っていってしまった。よく言えば彼氏一筋、一途だったが、度が過ぎる嫉妬はさぞ鬱陶しかったろう。優しいトモ君は、愛情が冷めても(言動で分かっていた)2年ほど私との交際を続けてくれた。

大学合格後の私は、内面ではなく外面(そとづら)を磨く努力は、人一倍していたと思う。それはブスのコンプレックスで心まで卑屈になったことのない人には理解できないような滑稽なものだったろう。

まず、トモ君と会う前には何が何でも、一度家に帰ってシャワーを浴びていた。もともとの細い一重や鼻ぺちゃはどうにもできないが、肌や髪の手入れには人一倍、いや人の3倍は時間をかけた。かつて勉強で人の3倍努力したのと同じように。栄養バランスに気を付け、美容時間と言われる22時には就寝した。ダイエットも成功して、初対面の人から「アメリカに行っていたとは思えないほどスタイルがいい」と言われることも増えた。

しかし、ブスのコンプレックスで外面(そとづら)ばかり磨くことに熱中してしまった結果、性格はブスになっていったような気がする。あるいは、外見も大して変わらなかったのかもしれない。2年ほど付き合った後、トモ君からは、おざなりの言葉で振られてしまった。

「一生懸命勉強をがんばっていた昔のひとみちゃんは、キラキラしていたよ・・・。」

○渋谷で詐欺にだまされて借金を背負う

トモ君に振られた私は、すっかり傷心し、落ち込んでしまった。
「ブスだから振られたんだ」
「もっとかわいければ、振られなかったはず」
そんな卑屈な思いで、心の殻に引きこもってしまった。

大学に入ってから父のマンションに同居していたため、父が警察署の夜勤でいない日は、部屋に閉じこもって、BGMに大音量で松田聖子の「あなたに逢いたくて」小柳ゆきの「あなたのキスを数えましょう」を交互に流した。大泣きしながら歌い、疲れて寝た。

朝起きると嫌なことは忘れられた昔とちがって、心は曇ったまま食欲もなく、久しぶりに会った中学のバレー部仲間が「痩せすぎて怖くて、痩せたねと言えなかった」と後になって教えてくれた。

心配した友達が何度か男女のイベントに誘ってくれたのだが、失恋で落ち込んで愛想もないため、場をしらけさせてしまった。遊園地やスケートや合コン、気を紛らわせようと、友達に誘われるがまま色んなものに参加したが、トモ君のときのようなトキメキロマンスは生まれなかった。カッコよければ誰でもいいから彼氏がほしいとは、もう思わなかった。

私は、人見知りかつデブでダサかった高校生の私が初対面のグループの会話に入れるよう助け舟を出してくれた、優しい瞳のトモ君のことを、ずっと忘れられなかった。

それなら勉強に集中して、自分で生きていく道を切り開けばよかったのに、私は選択を誤ってしまった。

大学にもあまり行かなくなり、単位を落とし、見兼ねたICUの親友だったサヨちゃん(この子も美人で優しかった)がwithdrawという手続きをしようと奔走してくれた。この手続きをすることで、悪い成績が残るのではなく、学期を丸々休んだというような扱いになったと思う。

大学にも行かず気力を失っていた私は、平日昼間にフラフラと一人で渋谷を歩いていた。同居の父に心配かけないように、日中は外出するようにしていた。失業したサラリーマンが、公園で日中時間を潰す感覚と同じだったかもしれない。

渋谷で、若い男性が声をかけてきた。
「アンケートにご協力いただけませんか」その日何の予定もなかった私は、アンケートくらい協力してあげようと思い、ついて行ってしまった。美容室のアンケートだと言われたのに、そこは高額化粧品の勧誘の場だった。まだ19歳だった私は、すっかり騙されてしまい、100万ほどの高額ローンを組まされてしまった。未成年でも組めるローンが用意されていたのだ。

※このような被害にあったら、すみやかに然るべき機関や専門家に相談しましょう。かつての私のように、学業をおろそかにして夜の店で働いて借金を返さなくても、精神的にはるかに楽で真っ当な方法で問題解決する法的手段、選択肢があります。
街の法律家、行政書士法人ひとみ綜合法務事務所も年中無休で相談対応しています。

○キャバクラ勤務で人生が狂ってしまった

大学に通いながら、借金返済のためにバイトに明け暮れる毎日が始まった。ただでさえ、大学の学費もすべて奨学金を借りていた。親には到底言えなかった。高校時代の魔性の悪友サエが、夜のキャバクラなら時給4000円だよと囁いた。

背に腹は変えられず、キャバ嬢として働くことに・・・いや、そう簡単にはいかなかった。ブスというだけでなく、化粧もしたことのなかった私(トモ君は、ありのままの私が可愛いと言ってくれていた)は、洋服も地味なものばかりだった。しかも、もともと暗い性格なので軽快なトークもできない。サエが教えてくれたような高級店や人気店のキャバクラ、クラブの面接に行っても、雇ってもらえないのだ!

ブスのコンプレックスを抱いていた私にとって、キャバクラで働くなど、あえて自分でいばらの道に入っていったようなものだ。それでも何とか雇ってくれた、神奈川県のはずれの田舎キャバクラでほぼ毎日働き、借金を返した。

借金は返せたが、夜の世界にどっぷり浸かってしまった私は、大学の単位も取れず、人生の歯車が狂う原因ともなった。

〇生きていて無駄な経験はない

その後の人生の歯車が狂ったきっかけとなったのは間違いないが、キャバクラ勤務も悪いことばかりではなかった。お客さんからの指名や延長、ドリンク注文がダイレクトに報酬に反映する仕組みにより対人コミュニケーションスキルが鍛えられ、その後の就職活動における面接(ほぼ全勝)や営業職で大いに役立った。

キャバクラでは、酔っぱらったお客さんから容姿を茶化されることが何度もあった。勤務当初は自らネタにするような余裕は全くなく、ある時など接客中に号泣してしまった。

そんな私でも、店に入ればメンタルスイッチを切り替え、パッと明るい表情でお客様を出迎えられるようになった。トークスキルを磨き、最後には常連客がついてくれて、売り上げNo.3に入っていた。

夜の世界は辛く苦しい経験だったが、外見が日本の現代社会における一方的な尺度的にブスに分類される私でも、支持して貴重なお金を費やしてくれる常連客が沢山ついてくれたことは、のちの私の価値観の再形成につながるきっかけとなった。

今でも、外見ではなく内面を支持してくれた人たちには感謝している。もっとも、内面が美人というわけでは決してなかったが、心底腐ってはいなかった。そこを見てくれたのだと思っている。

第6章 「ブス」が現代社会で勝ち組となるための処世術

この章では、あえて、世間的な基準に合わせた「ブス」「勝ち組」という言葉を使う。ブスがブスなりに努力して、必死になって生きてきた経験から学んだ処世術を紹介する。

○ブスは愛嬌、これホント!

ブスっとしたブスは最悪だ。私の場合はいじめに遭ったり、家庭環境が複雑で、徐々に無表情になってしまった。学生時代まったくモテなかったのは、顔形というよりは、表情や雰囲気だったと思っている。ニコニコして機嫌よくしていると、顔のつくりにかかわらず、見ていて気持ちがよいものだ。

ここで美人と比べてはいけない。テレビドラマや映画で、美しい女優がブスっとした表情でいるとかわいらしく映るので、自分も同じような表情をしているはず、などとブスは絶対に思ってはいけない。

口角を常にあげるよう意識すると、そのうちに意識しなくても機嫌の良さそうな優しく近寄りやすい表情になるはずだ。思えば、学生の頃はずっとムスッと無表情のがり勉だったから、男の子たちから声をかけにくかったはずだ。

○ブスだから告白しない方がいい、なんてことは、ない!

私は自分がお姫様で、いつか王子様が迎えに来るのだと本気で信じていた。幼い頃に、白雪姫やシンデレラの絵本やビデオを見て憧れを抱いていた。子供の頃、祖母がテレビをつけて、
「ひとみはイギリスの王子様たちと同じくらいの年齢だから、いつか見初められたらお姫様になれるよ」
そう言われた記憶がある。

私と血の繋がらない祖母は美人だった。戦争未亡人となってからも、すぐに再婚できた人だ。昔から言い寄ってくる男性を断る人生だったにちがいない。故人を恨むつもりなどあるはずもないが、ブスの私は、とにかく美しい祖母にそう言われたことで、夢を抱いてしまったのかもしれない。

しかし、待てど暮らせど、王子様が迎えに来ない。だから、私は自分から王子様を捕まえに行った。

追えば追うほど異性は逃げるとはよく言うが、ブスが全力で追ってきたらある意味ホラーかもしれない。でも、そんなことは気にしなくていいと思う。私は、自分の歩んできた人生を否定しない。過去があって、今がある。私は今とても幸せだ。ただ、もっと楽に生きる道はあったような気はする。私の失敗経験をあなたの今後の幸せな人生のために、活かしてほしい。

○ブスは生きるための武器を身につけろ

女に生まれた以上、顔で人生ある程度決まるというのは、批判されるかもしれないが紛れもない事実だと思う。少なくとも、現在の日本社会においては。

洋服の流行と同じように、いっそ美人の定義も毎年変わってくれたら平等なのにと思うが、世間の現代風美人の持ち上げ方を見ていると、そんなことは当分起こりそうもない。

現代社会の一方的尺度による「ブス」に生まれた時点で、すでにハンデを背負っているといってもいい。もちろん、生き方によって顔は変わってくる。性格が良ければ、顔ではなくハートで選んでくれる人もいるだろう。

しかし、そんな風にフォローをしなければいけない時点で、やはり間違っているのだ。ブスが卑屈になってしまっても、仕方ない。同じことをしたって、美人なら許されて、ブスだとさげすまれる。美人というだけで人が寄ってくる。かわいいね、きれいだね、とちやほやされれば、私だって卑屈な育ち方はしなかった、かもしれない。たとえ家庭環境が悪かったとしても、世間に出れば自分が整った顔立ちなのだと自覚でき、自信がもてた、かもしれない。

とにかく、ブスは生きていくために武器を身に着けるしかない。勉強だけではだめだ。かつていじめられ、がり勉をした私は、人とのコミュニケーションが著しく欠けて成長したため、社会に出て最初はずいぶん苦労した。学歴が良くても、仕事で必要とされるTPOに応じた対人対応能力やグローバル化が加速するビジネスに対応できるITスキルや語学力がなければ、なかなか難しい。ブスは自分一人でも生きていける経済力を身に着けることが重要だ。経済力があれば、案外、なんだってできる。

〇ないものねだりより、外面自慢や外見で人を判断する人を見返した方がいい

世の中お金がすべてではないが、お金で手に入れられるものも多いのが現実だ。エステも体型をカバーする上質な洋服もブランド小物も顔色を華やかに輝かせてくれるアクセサリーも、相当なコストがかかる。

美人は素材がいいからお金がかからなくていいな、と羨むよりも、努力をしてビジネスに必要とされる能力やスキルを自分のものにして、外面自慢や外見で人を判断する人を見返した方が、ずっといい。

それから、美人を敵視すると性格ブスになるので、やめよう。美人と外見で張り合っても虚しくなるし、中身が空虚な人間になってしまう。

外見が重視されるような環境には決して身を置かず、能力で勝負できる土俵に立とう。そのためには、学力とスキルが必要だ。外見コンプレックスがあるのなら、くれぐれも、決して昔の私のように、キャバクラでバイトなどしてはいけない。

かつて借金返済のためホステスをしようとした若い女性に切々懇懇と私の過去のキャバクラ勤務によって失ったものを話したところ、お天道様の下で汗を流して働く警備員の仕事に転身していた。偶然街で会ったとき、彼女はキラキラしていた。
職業に貴賎なし。自分に誇りが持てる仕事をしよう。

第7章 日本社会への提言

ここまで、現在の日本社会でつくられた基準において「ブス」に分類される私の実体験と、それによって得た「ブスの処世術」を紹介してきた。最後のこの章においては、「ブス・美人という押しつけの価値観が日本をダメにする」という信念のもと、日本社会をよりよくするために、大胆な提言をしていく。

〇アナウンサーの採用はお面着用

某テレビ局の女性アナウンサーを見ると、日本社会のつくられた尺度でいう「美人」揃いだ。これでは、いくら初等教育あるいは道徳教育において「人は外見ではない」などと指導したところで意味がない。私だって、本当はアナウンサーになりたかったのだ。人前に立って話すことや目立つことが好きな女性であれば、一時アナウンサーに憧れたことはあるだろう。

前章において、「ブスは外見が重視される環境に身を置いてはいけない」と書いたが、そんな環境が、万人に影響を及ぼすテレビの世界であっていいはずがないのだ。

セクハラという言葉が取りざたされるようになって久しいが、某テレビ局の新卒採用の女性アナウンサーの顔を見れば、テレビ局こそ最大のセクハラ加害者だということがわかる。こんなことを社会が容認していれば、女性の地位が向上するわけがない。このような差別を助長する採用基準は、今すぐ撤廃すべきである。

悪しき慣習を断ち切るためにも、アナウンサーの就職試験では、全員お面着用を義務付ける。履歴書写真も不要にしよう(この文章を書いたのは2016年で、2021年現在、履歴書写真不要の企業が増えていることは、前途洋々だ。)

〇ミスコンもお面着用・水着禁止

外見で順位をつけるなど、非道徳的なことは今すぐ廃止すべきだ。美人・ブスという判断基準が植え付けられていない子供にとって、このような大人の誤った尺度を押しつけることは教育上虐待に等しい。外見で判断するなと子供に教えながら、「女性は外見で判断される」という現実の矛盾をおもむろに示しているのが、大学のミスコンや美少女コンテストである。そのミスコンの受賞者を某テレビ局は毎年競ってアナウンサーに採用しているのだから、もう倫理観は麻痺しているとしかいえない。

「外見で判断をしているわけではない!知性や教養、特技など総合考慮して審査している」というのが各方面の言い分であれば、やはりお面着用にすればいいのだ。その方が、審査員も邪心が入らず、真に公平な判断が期待できるだろう。

〇現在の尺度で損をするのは「ブス」だけと思ったら大間違い

私の提言を、「ブスのひがみ」と捉える人もいるだろう。しかし、このような女性を外見で判断する風潮が許されていることで、誰もが実際には損をしているのだ。

誰でも平等に年を取る。かつて美人と自負していた人が老いると、それはもう必死に過去の栄光にすがろうとする。しかし、老いには逆らえない。それでも世間的な尺度の美に執着してしまうかつての美人たちは、必死に人工的なしわ取りやたるみ取りに奔走する。外装や内装に金をかけた美容皮膚科が繁盛しているのは、こうした方々がいるからなのだ。

社会的地位を手に入れた高収入の男性たちは、美人と結婚するのが常だ。まるでブランドバックを持っているような優越感を抱いていた男性は、ある日老いた妻を見てため息が出る。そして、若く「美しい」女に浮気心を寄せる。人の亭主を奪うような「美人」は、将来その男性が地位も名声もなくしたあとに、そばにいてくれるのだろうか。その答えは、テレビのワイドショーで毎週のようにやっている芸能人の離婚報道を見ていれば容易にわかるだろう。

〇「ブス」に若干生き辛い現在の世の中を変えたい

私は決して褒められた生き方はしていない。この本に書いたようなことは、恥多き私の人生のごく一部だ。

「ひとみちゃん、プチ整形って知ってる?二重にしたら、美人になると思うよ!」

交際していた京大卒のエリート弁護士から、こんな屈辱的なことを言われたこともあった。
社会正義の実現が職責の若き弁護士、事もなげに無邪気に残酷なことを言った自覚は今もなかろう。

人は外見ではなく、内面がすべてなのだ。子供たちの純粋な価値観に大人の尺度を押し付けることは、罪深いことだと誰もが自覚しよう。間接喫煙が有害であるように、間接ブス差別を見せつけることも社会全体にとって有害なのだ。

一人の提言で社会は変えられない。今こそ「ブス」で団結して、この悪しき風習を断ち切ろうではないか。

#美人ブスの押しつけ価値観が日本をダメにする

ブスの処世術 目次
ブスの処世術1
ブスの処世術2
ブスの処世術3
ブスの処世術 最終話

ブスの処世術 最終話”へ2件のコメント

  1. 山下鎭午 より:

    無邪気な頃はみんな可愛いです。
    偶に可愛いくない子がいますがそんな親の顔つきは厳しいです。
    美醜があるのは仕方ありませんが一番醜いのは勘違いしているブスですね。
    内面の良いブスは見たことがありません。
    長文お疲れ様でした。

  2. 福岡県 H.S様 より:

    外見がどうのというのはその人の好みもありますよね。世間的にうーんといわれる見た目の人でもぴったりハマる人もいる。外見は良くても中身が酷い人は掃いて捨てるほどいますね。またそんな人は同じような相手を選んでます。似た者同士。
    若い頃はメイクなどでいくらでも作れますが歳を重ねるにつれその人の生きざまや隠された本当の性格が顔に現れて来ると思います。
    ご年配の方の顔を見てあ~、なるほどなぁと感じることがあります。
    自分自身も気を付けよう。
    こんなおばあちゃんにはなりたくないなぁと思われたくないし。

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