生活保護費の不正受給とは~役所のミスによる過払い多額の返還金請求で追い詰められた方も

前略
先生にはいつもお世話になっております。福祉事務所からこのような決定書が届きました。
先生の助言、助力、お考えをお聞かせ下さい。
精神の苦痛に悩んでおります。御連絡をお待ちしております。

追記
国民の税金で生活を担っている公務員が、国民を苦しめている、様々の事を見聞きし、自身の死期が近々になる頃、死をもって世間に知らしめる為に、福祉事ム所、ガソリンをぶちまけて大事件でもおこせば、公務員改革や貧困者の一助になるかもと思う事もあります。
2023年9月5日

これは、先週行政書士法人ひとみ綜合法務事務所に届いた、もう7年ほどの長いお付き合いになるお客様からのお手紙で、お客様ご了承のもとに公開しています。
『ペンは剣よりも強し』行政書士法人ひとみ綜合法務事務所のHPブログから社会にお客様の思いを発信させていただき、死をもってしてもお客様が願う『公務員改革や貧困者の一助』に繋げましょうと、行政書士からご提案し、ご快諾いただいたものです。

行政書士法人ひとみ綜合法務事務所は設立6年目ですから、こちらのお客様が初めて相談に来られたときは、まだ行政書士の三木と榎田は個人事務所で、ほかの行政書士と共に合同事務所を大阪地方裁判所近くに構えていた頃のことでした。

当時から既に生活保護を受けていらしたのですが、どうしても行政書士に有料でいいので相談をされたいということで、予約をお取りして沢山の書類を抱えられて行政書士事務所にお越しになりました。持参された書類を確認すると、ご本人は生活保護制度の法令に基づくルールを守り、収入申告もきちんとして慎ましく暮らしていたのに、役所のミスにより生活保護費を通常よりも多く数年に渡り支給されていたため、過払い金数十万が生じ、その返還を何の非もないお客様が突然に求められたというものでした。

これまで役所のミスにより払われていた保護費でさえ、毎月すべて生活費に充て余剰金はなかったというのに、金額を突然減らされ、そこからさらに保護費の返還など到底無理だとの嘆きは、客観的に聞いても、その通りだと思いました。

そこで、行政書士がお客様の思いや事実経緯を書面にして、福祉事務所に提出したところ、詳細は省きますが、お客様の生活保護費を削り最低生活以下の暮らしを余儀なくされるようなことはなくなりました。

そこで一件落着したわけですが、その後も毎年、年末の挨拶に参りますとご連絡を下さり、お歳暮を生活保護費からご用意頂いて持参して下さるような律儀な方でした。コロナ禍で行政書士事務所の運営がリモート中心だった際には、ご訪問は丁重に辞退したものの、お歳暮が送られてきました。そのため、7年間お繋がりはありましたが、ご相談はほぼ7年越しでした。

『また役所のミスで、保護費を勝手に減らすつもりか!』
役所から突然届いた書面で前月よりも保護費が大幅に減ることを確認し、頭に血が上り、その勢いで行政書士に手紙を書かれたということでした。
私からケースワーカーに確認の電話をすると、
『今回は役所のミスではありません!』
という、上から目線の口調トーンでの第一声から始まったものの、内容としては6月の年金改定により収入が増えたことによる法令に基づく正当な減額であり、お客様が損をしたということではなく年金増加に伴い増加分を保護費から減額という、至って問題のないものでした。

それにしても、過去の役所の不手際による問題があるわけですから、書面で一見してわかりにくい内容を高齢の方に送るのではなく、電話や訪問で丁寧に事前に説明をされていれば、お客様も『保護費がまた減額される!』とパニックになることもなかったのです。そのことを福祉事務所に行政書士から伝えたところ、ご本人からケースワーカーに電話をもらえたら丁寧に説明しますとのこと。

電話代もかかってしまうので、ケースワーカーに電話をかけてもらうよう伝えましょうか?と行政書士がお客様に確認すると、
『行政書士の先生からの説明でもうよくわかったから、行政書士を信頼しているから、もう役所からの説明は求めない』とのことで、今回も一件落着となりました。

「三木先生の著書『わたし生活保護を受けられますか』も、生活保護費から買って読みましたよ!」
嬉しいお言葉を最後にお伝えくださいました。

今年3月「大阪府堺市の職員が生活保護費を不正に支給していた疑いがある」として、大阪府警察が堺市中区役所に家宅捜索に入るという異例の事態となり、特定行政書士三木ひとみがMBS(株式会社毎日放送)のインタビュー取材を受けました。(3月20日月曜の夕方のニュース番組「よんちゃんTV」にて放送):
2023年3月20日放送のMBSよんチャンTVにて生活保護不正支給事件に関する行政書士三木ひとみの解説コメントが放送されました

今年9月5日には、熊本地裁にて生活保護費を1160万円不正受給したとして、執行猶予付き有罪判決が言い渡されました。約12年間も遺族共済年金などの収入を県に申告せず、熊本県球磨福祉事務所(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所もこの福祉事務所には何度も書類提出しています)がこの収入未申告を12年間も把握できなかったことにも、驚きを隠せませんでした。

高齢の方で親族のサポートがない方など、意図せず収入に気付かなかったために未申告となってしまうケースはよくあることなので、未申告があると通常は1年もかからず役所の調査により発覚し、ケースワーカーを通して指摘、是正や返還請求を受けます。熊本県の女性は時効分を除いた約600万円の返還に応じなかったため、県が悪質と判断し、2021年3月に警察に被害届を提出。そして有罪判決を受けたのが今年の9月ですから、被害届や告訴状を提出してから警察、検察の捜査完了まで2年近くかかったようです。

逃亡や証拠隠滅のおそれがないと、このようなケースでは逮捕ではなく任意の事情聴取などで捜査は進みます。現在は月5,000円ずつ返還しながら、生活保護を継続できているので、よかったと思います。

当初は分割払いにも応じず、県に悪質と判断され被害届を出されたのでしょう。生活保護受給者の方が過去の不正受給を理由に返還を求められても、一括返済などまずできないことが多いので、その場合は保護費から分割で返していくことが多いのです。

貧困や生活保護受給に至る背景には、家庭環境、学校でのいじめや職場での理不尽なハラスメントほか、さまざまな社会的な要因があります。犯罪被害により、心身に不調を来たし、生活保護制度を利用している方も沢山います。だからこそ、社会全体で、国民みなの生存権を保障する制度が存在するのであって、生活保護利用の有無に優劣や上下関係はありません。

生活保護は、国民の権利として保障された社会保障制度の一つです。生活保護は、貧困に陥った理由を問わない『無差別平等』の原理を掲げています。
よく行政書士事務所にも、過去の不正受給や犯罪歴等を気にして、生活保護を申請しても受けられないのではないかといった相談がありますが、そのような心配は不要です。
誰でも、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利があります。

ジャニーズ事務所の創業者である故ジャニー喜多川氏による性加害問題は、長年社会全体により看過、放置され、被害者が社会的に孤立し、社会不安や性被害によるフラッシュバックなどの後遺症に理不尽に苦しめられてきました。そして、これが国際的に批判されると、一転して時効などの法の限界を越えて金銭面で実質的な救済をするという企業の立場を表明。
その後、真摯な謝罪表明や会見がなされてもなお、やまないバッシング。しかし、バッシングをしている人達は、社会全体がこの問題を放置していたとき、被害者の訴えに耳を傾け何らか行動を起こしてきた人たちでしょうか。

集団心理が個人の心理と異なることは、心理学の分野では100年以上前から明らかにされています。周囲からの同調圧力により、善人が悪人に変わってしまうこともあるのです。

集団の持つ同質性により、個人の責任が曖昧になり、誰しも加害者になり得ることは心理学の研究でしばしば指摘されることです。
『郷に入っては郷に従え』『長い物には巻かれろ』『沈黙は金』など古くからのことわざにも見られるように、日本社会では、特に全体への同調が美徳とされる傾向があります。

しかしながら、結局のところ人は一人で生まれ、一人でこの世から去るのですから、周囲にまどわされることなく、誰にでも優しく親切に誠実に、お天道様に胸を張れる生き方をしたいものです。侮辱罪の法定刑も引き上げられ、厳罰化。周りと同じ行動をしていたら安心、ではなく、すべての行動には自己責任が伴うものです。

ジャニーズ事件の被害者たちが長い間、孤独な辛い思いをしてきても社会から無視されてきたように、社会には多くの理不尽が蔓延り、声をあげても救済されないことも往々にしてあります。でも、だからといって自暴自棄になったり、泣き寝入りをするのではなく、何より自分を大切に守りながら、正当な手段で道を切り拓いていくことが日本ではできるのです。そのための社会保障制度の一つが、生活保護です。

行政書士法人ひとみ綜合法務事務所は、長きに渡り多くの方の生活保護相談、申請サポートに対応、その数は優に1万人を超え、47都道府県すべての福祉事務所に申請書類を提出してきました。
特定行政書士三木ひとみ著『わたし生活保護を受けられますか』は全国の図書館に広く蔵書されていますので、どなたでも手に取ってお読み頂くことができます。

個々の事情に配慮した、血の通ったあたたかい、本来の生活保護制度。その正しい理解が日本社会に広まることで、何があってもやり直せる、もう一度立ち上がるためのセーフティーネットが、日本国民には平等に用意されているという安心感を皆が得ることができたら、きっと明日の社会はもっとよくなる、そう信じています。

生活保護費の不正受給とは~役所のミスによる過払い多額の返還金請求で追い詰められた方も”へ7件のコメント

  1. T・H・ハクスリー より:

    ジャニーズ事務所の門をくぐり芸能界という、憧れでもあり未知でもある世界に夢と希望を胸にして飛び込んだ若者たちの思い描いた夢とは、いったいどういうものだったのでしょう?
    きっと自分がステージの上でスポットライトを浴び、大勢の観衆から拍手喝采を受けて輝いている姿を夢見ていたのでしょう。かっこいい(cool、fashionable)というのは若者なら誰でもが持つ素朴な願望です。

    人間は夢を持つ生き物です。生きるとは夢(願望)の実現に向かって、邁進することでもあるのですから。だからどんな夢であってもいいのです。………どんな夢でもいい。………本当に?

    人間は特に若いときほど夢を心の中に芽生えさせた瞬間に、その夢と恋に落ちてしまいやすくなります。愛することはいいのですが、恋してしまうと危険も伴います。
    そうなってしまうと自分の持った夢や願望が、いったい自分をどこに連れていこうとしているものなのか自分や周囲の人たちにとって有益なものなのか、ということを立ち止まって冷静に見つめてみることが難しくなってきます。
    だからこそ身近にいる親や健全な大人たちの存在が大切なのですが………。
    このことにこれ以上、触れるのは私の流儀ではないので止めておきます。

    私たちは大きくて見映えがするのだけど、中身が空っぽの夢に人生を託すことがあります。
    風船のような夢にです。自分が本心から望んでいるものではなく、他人や社会から売りつけられた、ありきたりの夢を追い求めるならば実際には何の意味もない空っぽな野心のために、
    生きていくことになるでしょう。このようなものに、もう2度と戻ることができない一度きりの
    人生を売り渡してしまうのです。

    後悔、先に立たず……人は死の床に横たわって初めて、自分の人生の悲しい悟りにたどりついて気づくのです。この何十年という年月を仕事とストレスのうちに過ごしてきて一体、私は何がしたかったのか?求め続けた富や名声は得られたのかもしれないけど、真に生きていることを楽しみ愛する人たちとつながる時間も持つことができなかったのか、と。

    私たちは、しっかりと心を定めて突き止めなくてはいけません。私が深奥で願っていることは何なのかということを。

    それを知るための大事なキーワードは『ソリチュード(solitude)』という概念にあるような気が
    私にはしています。

    「最良の思考は独りの時に生まれ、最悪の思考は混乱の中で生まれる。」
                                トーマス・エジソン

  2. 大村隆雄 より:

    みんな寂しいのです。寂しくって誰かと心を通い合わせたいのだけど、どうすればいいのかわからない。SNS依存の人が増え続けているのはそのためでしょう。

    1. TOMOKO より:

      その通りだと思うけど。では、どうすればいいのでしょう?良い解決策をお持ちですか?

      1. 大村隆雄 より:

         TOMOKO様

        孤独になることです。これが唯一無二の解決策だと思っています。
        私が孤独という言葉を使うとき、それは私の周囲から人が誰もいなくなってしまうことを言っているのではありません。
        私にとって孤独とは独りになり、沈黙し峻厳な眼を自らに注いでいる状態を指しています。

        他者との親密な関係を築くためには、まず自分自身との親密な関係を築かなければなりません。それができている人は、たとえ俗に言う「ひとりぼっち」でいても寂しいとか虚しいとかいった感情とは無縁で、他人に揶揄されるようなことがあっても微動だにしないでことでしょう。

        独りになり自らと静かに対峙する……これは先人たちの知恵でもあります。
        ユダヤ教の文化圏では古代より7日に1日、何も行ってはならない日として安息日が定められていました。この日に働くことは禁じられていたのです。
        この日は店を閉め、門を閉ざし、心静かに神のことや自分のことを考える日であったのです。7日の内で最も神聖で大切な日とされていました。

        心静かに自分と対峙しましょう。本当の自分と出逢うために。

                        

        1. TOMOKO より:

          大村様。単なる精神論のように聞こえるのですが。
          自分自身と親密な関係を築くとは具体的にどういうことでしょうか?
          また、独りになって具体的にどうすればいいのでしょうか?
          独りになれば益々、寂しさが募るのではないのですか?

  3. 大村隆雄 より:

      TOMOKO様

    テレビのスイッチを入れ面白くもないのに、その番組を見続けてしまうことはありませんか?
    飲みたくなどないのに空虚感から酒を飲んでしまうことはありませんか?
    フェイスブックで友だちをいっぱい作ろうとしたり、いいねをもらおうと躍起になったりしたことはありませんか?
    人と会っているときは楽しいのだけど、その人が帰ってしまうと途端に寂しくなってしまうことはありませんか?
    ここに書いたことは、すべて私が経験してきたことです。こういう状態になる人の気持ちは理解していますし、何が人をこういう経験に向かわせるかということも、わかっているつもりです。
    だけど、こういうことを繰り返しても寂しさや虚しさを紛らわせられるのは、一時的なものだということに多くの人は気づいてもいるはずです。

    心の中に、ぽっかり空いた空洞を埋めるには至らないのです。その空洞を埋めなければ自分自身を苛む呪縛から自由になることはできません。
    その空洞を埋めれるものこそ、その人の真の姿(その人の持っている願望、夢、欲求)への気づきです。何としても、それを見つけださなければならないのです。
    そのためには独りになり沈黙し自分と対峙し、深く見つめるための時間を持つことが必要です。

    私たちは普段、心の中を深く見つめようなどとはしません。何しろ現代に生きる私たちは、とても忙しいのです。目や耳などの五感は外向き一辺倒になり、何かを得よう他に勝ろうと必死になっているので自分の心に、かまっている暇がないというのが正直なところでしょう。
    それは心は怒るでしょう。無視されているのですから。

    心の内奥に意識を向けはじめ、そこに止まれるようになってくると普段は意識することが、できていなかった自らの負の部分を、はっきりと意識するようになります。
    過去の苦しかった思い出や後悔した事柄や、恥ずかしい思いをした自分の惨めな姿などが次々と
    甦ってくることでしょう。これは多くの人にとって心地よいことではないでしょう。
    だけど今まで目を逸らしていたものを見つめることができたのは、実は大きな前進なのです。

    恐れずに立ち向かいましょう。これはより成熟した自分になるためには避けては通れない道ですから。世界中、古今東西どこを探し求めても苦しいことを避けて生きることを教え勤めている
    文化など、見つからないことでしょう。私たちは、その人に与えられた独自の課題に挑み成し遂げることで真の幸福を手に入れるために、この星に生まれてきているのだと私は思っています。

    ところが人類史上、この有り得なかった文化が地球上に広まってしまったように思います。
    約60年前テレビが普及しだして以来、私たちはその新鮮さと面白さの虜になってしまいました。
    そしてテレビ放送が開始されて以降も、情報技術の発達に伴い生み出されてきた数々の機器の
    影響で私たちは生きるということや、幸福や願望を実現するといったことを、どうも安直に考えてしまうようになってしまったように思えてならないのです。
    1億円、当たるかもしれないなどと本気で期待してしまう人が、どれだけいるのでしょう?
    閑話休題。

    TOMOKO様これから書くことが、この投稿の核心になると思います。

    物静かで落ちついているように見える人でも心の中は嵐の海のように荒れ狂っている人と出会うことがあります。そういう人が近くに来ると私の心も乱れるのでわかります。
    最近、特にそういう人が多いような気がするのです。

    メディアは、おしゃべりが過ぎているようです。人目をひくことを最優先にし、善悪の区別をつけることには関心がなく、それを子供たちが聞けばどういった影響を与えることに、なるかということにも興味がなく、垂れ流されている野放し状態の情報を浴び続けていれば、子供でなくても私たちの心は気づかぬ内に、散々に乱れ荒れ狂ってしまい何が私たちを幸福にし何が不幸にするのかという正しい判断ができにくくなっていきます。
    たとえ、その人が元々は善意の人であったとしても歪んだ情報を浴び続けるうちに感覚が麻痺してくるのです。
    そして本当はやりたくなどないことをやってしまうようになっていき、買う必要などないものを
    買わなくてはいけないものだと思い込むようになり、憎んだりする必要などまったくない人を
    憎むようになっていき、困っている人を懸命に助けようとしている人を嘲笑うようになっていき、取るに足らないつまらないことで仲間同士が、いがみ合い争うようになっていくのです。
    そしてハッと気づき正気に戻ったときには、行きたくなどなかった処へやってきてしまっていて
    後戻りすることが困難な状況に陥ってしまっているのです。
    そして「何故、こんな望まぬ状況になってしまったのだろう?」とわけがわからず、首を傾げてしまうのです。

    もし、この社会を本気で抜本的に変えようとするのなら、まず一人一人が自らの内奥に眠っている叡智を目覚めさせなければいけません。その叡智は一人一人の幸福を実現させるに止まらず
    人類の生存に大きく関与してくるものだと私は見ています。
    悠長なように見えても、これが最も確実にこの社会に変化をもたらす方法だと思います。

    急がば回れです。外の世界で何かを探し求めているだけではなく内側の世界で何かを探し求める人が1人また1人と増えていけば、きっとこの社会に良き変化が起こると私は確信しています。

    思うがままに、書き連ねてきてしまったので長くなってしまいました。意味がわからないとお叱りを受けることも書いたかも知れませんし、そんなことできないと思うような過激なことを書いたかも知れません。でも私の言っていることを信じる必要はありません。
    私の願っていることは私の主張することを信じていただくことではなく、あなたの生活や生き方を見直したり点検するために、このちょっと趣の異なる捉え方や考え方を役立てていただくことです。

    暑かった夏の日々も、やっと過去のものとなったようです。私が暮らしている見慣れた街の景色にも秋の訪れが感じられ、凛とした透明感が漂ってきているように思われます。
    秋の夜長は物思いに耽るのには、ちょうどいい季節です。

    この世界で、あなたにとって最も大切な人………あなた自身と「二人っきり」で過ごす時間をどうか大事になさってください。その時空間で、まだ見ぬ素敵なあなたと出逢えることでしょう。
    その人となら、珠にはいっしょにお酒を飲むのもいいのではないです(^-^)

    1. TOMOKO より:

      まさに目から鱗ですっ!\(◎o◎)/ ずーっと抱いていた得体の知れない胸苦しさや
      不安な気持ちの正体がわかったような………そうだったのかーって感じ。
      気がつかないうちにメディアから長い年月の間、歪んだ情報を刷り込まれてきていたのだと気づけました。塵(微毒)も積もれば山(正気を)となる(失う)……この表現は変かな?

      たくさんの人たちが毒まみれになってしまっていて生真面目な人ほど、いっぱい毒まみれになっていそう(+_+)
      心の洗濯が必要かも。石鹸でじゃぶじゃぶとしっかり洗わなくては……\(*⌒0⌒)b♪

      後半は大村様の、お人柄がにじみ出ているような文章でとても安らかで心地よい気持ちになれました。ありがとう!ヽ(´▽`)/

      あっ!それと、お酒は飲まないけど、少し飲んでみたいなという気持ちになりました(^-^*)

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